空があまりにも綺麗だったから

遠くに行きたい。
そう思い立った瞬間、足はすでに逆方向へと動いていた。

いつも降りるバス停を抜け、バスはどんどん進んでいく。
そのまま駅まで着くと、私は迷うことなくちょうどきた電車に乗っていた。
目的地なんてない。ただただ、流れていく景色をぼんやりと眺める。
ビルが立ち並ぶ景色が、次第に自然豊かな風景へと変化していく。
気がつくと、乗客はほとんどいなくなっていた。

ここだ、と心が声を上げた気がして、私はその駅で降りることにした。
降りる人が少ないからだろう。駅は無人で、私以外降りる人はいなかった。
初めてみる風景。
随分と電車に揺られていたし、ここがどこなのかも分からない。
けれど、自然と恐怖心は湧かなった。
駅のベンチに腰掛けて、ぼうっと目の前に広がる山の景色を眺めた。

ふっと、最近の出来事が頭の中をぐるぐると駆け巡った。
仕事のミス、周囲の視線、恋人からの些細な言葉。
あの時こうしていれば、ああしていれば
色々な考えが頭に浮かび、グッと唇を噛み締めた。

その瞬間、目の奥にギラっと光が差し、眩しさに思わず目を細めた。
奥の山の向こうにオレンジ色に輝く太陽が沈んでいくのが見える。
「綺麗・・・」
オレンジと黄色のグラデーションのように広がる夕焼けに、思わず、そうぽつりと呟いた。その瞬間、ぽたぽたと涙がこぼれ落ちてくる。
なんて、綺麗な空なんだろうか。

最近はずっと、下ばかりを見ていた気がした。
そうか、私はこんなに空の景色が綺麗だってことすら最近は気づけなかったんだ。
携帯を取り出して写真を撮るが、この美しさを写真に収めることはできなかった。
太陽が沈むのを見計らったかのように、電車が現れる。

翌日から、人一倍仕事に励む私を同僚たちは不思議そうに見ていたが、気にならなかった。恋人との関係も最近は良好だ。

「最近、調子がいいね。なにかいいことでもあった?」
私は笑顔でこう答えた。
「空があまりにも綺麗だったからです」


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