プロローグ「病気と平気の線引きはどこ?」
このタイトルを見ただけで、「ほんっと、そう!」って思った。
「病理の結果、乳がんでした」
って言われたときから、いきなり病気。しかも、死んじゃうかもしれないって思っちゃう病気。どっこも痛くもないし、不快なところもないのに。さっきまでは、このあと何食べよう、明日は何しよう、長い休みが来たらどこ行こう、とか考えられていたのに。
がんが見つかったら、そういう当たり前の「これから」のことは全部いったん白紙。ちょっとひどくない?そんなのって。
その通り。
体の実感が伴わないまま、心だけで衝撃を受け止めるしかない。もちろん、実際にどこか不調を感じていたら、それはそれでしんどいけれど、体と心の同期ができていないのは、それはそれでしんどかった。
だから心が追いつかない。
がんが見つかったら、「放っておいていい」のかどうかは、お医者さんの医学的判断、「何もしなくてもあとで後悔しない」かどうかは、患者本人の判断かな。
患者本人の判断とは言っても、実際には患者オンリーの考えや気持ちだけで決めるのは難しい。このあとの1章で「医療シアター」という言葉が出てくるように、後悔するかどうかは、患者自身の気持ちだけじゃなく、家族など周りの「シアター参加者」との関係性にも影響されると思う。
わたしがもし、家族と疎遠だったら、両親に愛されていなかったのなら、今まで実際に受けた治療すべてを、受けようと思ったかどうかは、正直言ってわからない。
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