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自主隔離な日々 20

2020年4月22日 水曜日 快晴

英国出発の日の朝。引っ越しの時に世話になったBlack Cabの運転手Rに6時半に迎えに来てもらう段取りになっていたので、朝5時に起床。何度も通ったデリで買ったクロワッサンとヨーグルトで朝食をとっていると、明けゆく空に鳥の声、dawn callだ。庭へと続く扉を少し開けて耳を澄ます。最後の朝にふさわしい贈り物だ。

距離は長くなるが万が一の渋滞を避けるため、ロンドン市内を東西に横切る代わりに外環状線とでもいうべきM25号線を走るというのがRの提案で、「慣れ親しんだ街の眺め」の代わりに車窓に延々と広がる美しい「English countryside」を楽しみつつ、1時間ほどでヒースローに到着した。これほど短時間で着いたのは初めてだと驚くRは、帰りは市内を流して乗客が拾えるか試してみるという。握手のかわりにfist bumpで別れる。

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ヒースローの第4ターミナルはゴーストタウンのようだった。チェックイン後に見上げたフライト案内板には、わずか13の出発便が並ぶのみ。そのうち2便は運休となっていた。開いている店は薬局のBootsと新聞や書籍なども扱うコンビニのようなW.H. Smithのみ。ハンドサニタイザーを少し買い込む。

アムステルダムへと向かう便は満席に近いほどの混みようだった。何しろ普段なら1時間に1本は飛ぶ便が1日に1便まで減っているのだ。隣席に女性が座ると思いの外ナーバスになって我ながら驚いた。だが、前の列が空いていたので、彼女は乗務員と交渉して席を移っていった。小耳に挟んだ会話では、彼女はアムステルダムにある病院に医療機器を届けるのだという。乗務員と乗客の接触をミニマムにするため、機内サービスは最低限になっていた。登場時に入り口で並べられたサンドイッチを自らピックアップする。

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欧州第3位のハブ空港であるスキポール空港も、午後の出発便はわずか10便。キャンセルが4便。がらんとしている。不思議なことに免税店は開いていたが、買い物をしようという気分にはならない。昨夜の残りのトルコ料理を詰めたお弁当で昼食。テイクアウェイのカフェが開いていたので嬉しくなってラテを買う。温かい飲み物は諦めていた。それにしても、びっくりするほど不味いラテだった。

関空へと飛ぶ便は、座席各1列に平均で乗客1.5人ほどといった混み具合だった。まずは指定された席に座り、離陸後に窓際の席に移動するように云われる。乗客同士も乗務員と乗客も、できるだけ距離を取る。サンドイッチ、ビスケット、チーズ、クラッカー、ミネラルウォーター、みかんなどがぎゅっと詰まったビニール袋が座席の上に置いてあった。温かい食事は離陸後すぐに配られたパスタのみ(マカロニにトマトソース、リゾーニのサラダというパスタづくしメニュー)客席サービスはなし。免税品販売もなし。3人掛けのシートに一人で座ったからか、サービスがなかったからか、空いていたからか、よく眠った。よく休めた。至極楽なフライトだった。

着陸の2時間ほど前、それは見事な朝焼けが見えた。紺碧から黄色味がかった水色、橙色、それから真紅へと移ろう空は、帰国前に買ったブルース・チャトウィンの本の表紙を思い出させた。眼下に広がるよく晴れた大阪の眺めも素晴らしかった。神戸も淡路島も皆見えた。普段は通路側の席を選んで座るので、こんなことでもなければ見られない景色だったと思う。一体何がどう幸いするか、どこで厚く垂れ込めた雲の銀の裏地がひらりと閃くか、わからないものだなと思う。

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