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不思議の国のアリス展(~11/17)で、時代の空気と特別な個人の才能にふれる

他の多くの人と同様、不思議の国のアリスは私の幼少期には欠かせない位置を占めていた物語で、ほとんどアリスと自分との違いを認識できなかったあの頃、こんなにアリスのことを思っている私はアリスと同様くらいにはおかしいんじゃないかとさえ思ったし、他にも熱狂できるファンタジーの多くがイギリス文学であることに驚いては自分のルーツはイギリスにあるに違いないと思っていた。

小学校5年生の自由研究は、ジョン・テニエルの絵をひたすら模写して、文章を入れたものをノート1冊分書いて提出したし(その行為に創造性はかけらもなかったけれど、そこにはまぎれもなく想像性があった。模写している時にはより深く不思議の国に入っていけているような感覚があった。)、アリスから派生したパズルブックや、愛蔵版と呼ばれるもの、ディズニーのアリスなんかも擦り切れるくらい、解いたし読んだし、観た。

いつか必ず英語の原文でこの物語を読みたいと思っていた。(アリスは言葉遊びがあるので、本当の意味で物語を堪能するためには英語の原文で読むしかない。と言われている。)


でも小学校を卒業して中学校に入るくらいからだんだんその熱狂が冷めてきた。

家の中のアリスのグッズが増えていくのと反比例するように、少しずつ息苦しさや閉塞感を感じるようになってきて、ワンダーランドと現実世界の国境が見えてきた気がしてきた。ちょうどナルニア国のアスランがやってくる谷みたいな、世界の果てのイメージです。

英語で原文を読むという熱意は薄れ、英語の科目が数学の次に他の教科の足をひっぱったし、あんなに信じていたイギリスとの絆はあっさりと、イタリアの方がその何倍も旅行先として楽しいことに気が付き、イギリスからフランスに週末旅行してヒースローから成田に帰国するという旅程を組んだ時には、どんなにローマを恋しがったかわからない。

それに、20年越の夢であった大英図書館にあるはずのアリスの初原稿はその時よりにもよって、別の場所に展示移動中で、ベートーヴェンやビートルズの原譜は拝めたのに、キャロルのそれを見ることはかなわなかった。

(けれども、もう1つの夢であったキャロルの勤めていた、物語の生誕地ともいえるオックスフォードのクライストチャーチには行った。ロンドンを拠点とした旅だったけれど、1日目はクライストチャーチが閉まっており、日にちをかえてもう一度トライしたところ開校しているクライストチャーチに入ることができた。それは感動した。)

そんなわけで、私の中のアリスへの熱狂的な偏愛は、岩波文庫のあの2冊、とクライストチャーチ、そこにのみある。という結論に達して、アリスを追いかけるのはやめた。

だから、ここからが本文なのだけど、私はこのアリス展にも出かける気はあまりなかった。

追いかけても届かないアリスを、アリスが白うさぎを追いかけるように追いかけ続けるような年齢ではもうないとわかっていた。

でも、行ってしまったのだ。

そして私はまたしても、どうしようもなく、というより性懲りもなく、アリスに感動してしまった。

なんといっても、キャロルのあの人生年表!!

61年の生涯で成し得たことの数々。
その時その時でやれることを120%でやりきっている。

余力を残しておこう、なんて一切なく。

(たとえばアリスのおはなしは、ボートを漕ぎながら即興でアリスたちに話して聞かせた物語を、「今日のお話がおもしろかったから本にして」とアリスにせがまれて、徹夜で書ききったものだ。)

私がアリスに感動する、その原点は、本質的にはそこに出てくるキャラクターや世界観ではないとはっきりわかった。

小さいころの私を惹きつけてやまなかったもの、夢中になってかじりついていたものは、アリスの物語そのもの、つまり、キャロルのアリスへの偏愛を突き詰めたところにある、目の前のこの子を楽しませたいという数学的天才の情念が、アリスを通して子供たち皆にまで感じられるほどで、子供たちはみな本当にアリスになって冒険ができることだと。

そしてそれはまぎれもなく、子供がわくわくとする不思議の国なのだ。

だからそれは私にとってディズニーのアリスではないし、ダリ(ダリが描いたアリスの挿絵も本展に展示してある)やその他でもない。

はっきりとルイスキャロルの物語とテニエルの絵の中にある。

それはいっそ大人っぽいロリータ趣味では決してない。

もっと、ヴィクトリア朝の上品さを称えた気品のある何かだ。(アリスはクライストチャーチ学長の娘で根っからのお嬢様だったし、キャロル自身もいつも白手袋をしているインテリだった。)


それがわかって私はより一層、アリスが好きな自分の核のようなものを知れた気がする。核以外はいらないんだ。


だけど、エリック・カールが本展のために書き下ろしたというあのチェシャ猫イモムシ、あれは傑作。

(実はこれが見たくて展覧会に足を運んだ。)

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ぜひ原画を見に行ってください