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【第3回】エントリーシート:人生最大の決断(300文字)

さまざまなジャンルの文章に、自分なりの赤ペンを入れていく企画です。マガジンの詳細については【はじめに】をお読みください。

第3回目は、前回に引き続きエントリーシートです。
テレビ局志望のかよちゃんの奮闘は続きます。

お題:あなたの人生「最大の決断」をドキュメンタリー番組にするとします。あらすじを考えてください(300字)

最初にかよちゃんから送られてきた文章は、コチラです。

中学生になった。期待に胸を弾ませて入部を決めたのはソフトボール部。毎日きつい練習だったが、憧れのソフトボールができる喜びが大きかった。そんな日々の歯車が狂いだしたのは1本のノック練習だった。ボールが捕れたら練習から抜けていい。そんなルールの中、1球目の球が捕れなかった。その後何度も何度もやってみるが捕れず、グラウンドに自分だけが残された。できない。自分の中で何かが重くのしかかり、どんどん自分が萎縮していく気がした。やめたい。1度思った願望は消えなかった。ここで辞めては弱虫だ。そんな自分もいた。日が過ぎていくごとに自分らしくいれない苦しみが襲ってくる。やめよう。私はこの日、強くあることを辞めた。

皆さんが企業の採用担当者だったとしたら、これを読んでどう感じますか?

私は文章力云々の前に、「テーマ性」に疑問を感じました。
カッコよく書けているけれど、要約すると「部活がつらかったから辞めました」ということになります。これから会社に入って働きます!という意思表明であるエントリーシートとしては、あまりにもチャレンジングではないか、と思いました。

ただ、かよちゃんにとってはきっと、ソフトボール部を辞めたことは大きな決断だったのでしょう。何とかこのテーマを拾えないかと、以下の内容を組み込んでみてはどうかとアドバイスをしました。

・自分が下した「辞める」という決断を、かよちゃん自身はどう受け止めているのか
・この決断は、その後の人生にどう影響しているのか

そうして、送られてきたのはこちら。

中学生のとき、入部したソフトボール部を辞めた。チームの人と比べ「できない」ことへの焦燥感と不安で、部活中自分らしく振る舞うことができなくなった。辞めたいと思ったが、継続は力なりという言葉もあるように、ここで辞めたら根性なしだとも思った。ただやはり自分がわからず、とにかく部活に行くだけになっていた。「もっと自分らしくいれるところで、今の何倍も頑張るしかない。」私は辞めるという決断をした。その後卓球部に入り必死で練習をし、すぐにレギュラーメンバーになった。辞めたという決断をしたからこそ、辞めたことを無駄にしてはいけないという思いが生まれた。だから私はこの日から一度続けると決めたことは辞めていない。

なるほど、この経験によって、その後の人生は「辞める」ことをしなくなったのか、と理解できました。具体性も増しています。
とはいえ、自分に合わなかったソフトボールは辞めて、自分に合った卓球は頑張れた、と言っているように聞こえます。激戦であるテレビ局の就職試験をこのネタで挑むのは不利になると思いました。テーマの選定は、やはりものすごく重要なのです。

では、かよちゃんの人生には他にどんな決断があったのか?
会話の中から探っていきます。

私たちの生活は、小さな選択の積み重ねだから、何気ない日常での判断がその後の人生に大きなインパクトを与えることもある。究極、「デリバリピザ、いつも悩む、LかMかピザ♪」というレベルの選択でもいいから、思い出してみてほしい。

一生懸命考えたかよちゃんは、その後、大学を選んだときのこと、NPO活動でリーダーになったときのことなどについても書いてみたのですが、どれもしっくりきません。
なんだかさらっとしていて、心の動きが見えないのです。

どんな葛藤があったの?
悩んだポイントは? 泣いたポイントは?

突っ込んでいくと、かよちゃんはこんなことを言いました。
「これまでしてきた選択は、わりと消去法だったかも…」
「正直負けなしの人生で(笑)大きな挫折とかもないんです」
「泥臭くは戦ってないですよね、うまく時代に対応して人の流れを見て生きてきました」

もともと頭もいいし、器用で要領がよくて、まさにイマドキなんですね。
20代くらいは特に、こういうタイプが多いのかもしれません。

でも、私は知っていました。
かよちゃんは小さい頃からテレビ局で働きたくて、いまその夢に必死に挑んでいます。何度も何度もエントリーシートを書き直し、「見てください!」と私にくらいついてきて、それでも不合格通知を受け取って落ち込んで……苦しみながら一生懸命戦っていました。

「わかった、かよちゃん。実は今が人生で一番つらいでしょう?そのことを書いてみたら?」
「確かにそうかもしれません。書いてみます!」
「書きながら涙が出てくるようなものプリーズ!」

そうして、数時間後にこんな文章が送られてきたのでした。

私の人生最大の決断は今である。もともと負ける戦いはしない性格で受験も生徒会選挙も負けなしの人生だった。しかしいざ就活を始めるとテレビ局のインターンシップの選考に落ちまくる日々。10歳のときからテレビ局に就職したいと思い毎日テレビのことしか考えてこなかった。だから倍率が高い世界とは知りながらもどこかで自分は大丈夫と思っていた。インターンシップに落ちる度にどうして私は受からないのだろうか、涙が止まらなかった。この夢を諦めてまた安全な道に進みたいと思った。しかし、私にはテレビを通して伝えたいことがある、伝えたい人がいる。だから私は、テレビ局の選考を受け続けることを決めた。

かよちゃんの心の叫びが伝わってきました。
この文章に赤ペンを入れてみましょう。

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