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ファーストキス

限界だった。

私は前々から準備していた大きなバッグを手にすると、意を決して裏玄関からそっと家を抜け出した。

所持金はこの時の為にお年玉やお小遣い等を使わず貯めていた128320円。

こんな家にはいられない。もう沢山だ。

旭川駅へ向かい、そこから何処へ行こう。

残念ながら私はまだ子供だ。

夜、街中をウロウロしていると必ず補導される。

祖母の家へ行こうとも思ったが、きっとまた、すぐに父が私を迎えに来て連れ帰るだろう。これまでもその繰り返しだった。

このまま電車に乗って札幌にでも行こうか。

補導されなかったとしても、今夜泊まる場所をどうしよう。

小学生が一人でホテルに泊まる事などできるだろうか?

就職だってできないだろう。

メルモちゃんの赤いキャンディがあればな。21歳になれるのに。

このまま放浪して野垂れ死ぬのも悪くない。

こんな面白くもおかしくもない糞人生、早く終わらせたい。

家を出た私は歩きながらあれこれ考えていた。

「マリア?!そんな大きな荷物抱えて何処へ行くんだ?!」

ヤバイ。同級生の弘樹が不意に話しかけて来た。
野球が終わった帰り道のようだ。如何しよう。面倒な奴に見つかった。

「うるっさいなあ何処だっていいだろ。弘樹に関係ない。」

私は早足で弘樹から遠ざかったが、弘樹は走り寄って来て私の腕を掴み

「まさか、家出とかじゃないよな?」

と言った。

「おばあちゃんの家に泊まりに行く。」

「火曜日に?そんな大荷物で?明日学校に来ないの?」

「休む。」

「いつまで?」

「だから弘樹に関係ない!急いでるから!」

「待って!おばあちゃんの家って何処?」

「常盤公園の方。」

「送るよ。」

「遠慮する!もう夕方だし、ここから30分はかかるから。一人で大丈夫。」

「送るって!ちょっと待ってて、あ、駄目だ、ちょっと来て!」

弘樹は強引に私の腕を掴んで弘樹の家へ連れて行き、

「かーさん、ちょっと出かけてくるから!」

と言って、野球の道具を玄関に置くと、私と一緒に外へ出た。

「さてと・・・ 常盤公園辺りなら、おばあちゃんの家まではバスで行くの?
一応、財布は持って来たけど。道北バスで旭川駅前で降りて、そこから電気軌道に乗り換えか。」

「だから弘樹には関係ないって言っただろ!帰れ!」

「家出だろ?」

弘樹は私を見て真顔でそう言った。

私は無言で立ち止まった。

「俺らまだ小5で、家出なんかしたら大問題になるぞ!」

「うるっさいなあ、弘樹に関係ないって言ってるだろ!何も知らないくせに!」

「ああ、何も知らないよ!だけどこのまま家出させるわけには行かないから!」

「学級委員長だからって威張るな!胸糞悪い!家出しようとしているクラスメイトを助けましたって手柄でも取りたいわけ?そうやって好感度上げてまた後期も学級委員に立候補する積もりか?学級委員に立候補するなんてヤツの気が知れない。」

私はフッと笑って弘樹を見た。

「相変わらず口悪いな。で、そうやっていつも捻くれた態度取るんだよな。別に如何思われたっていいけど、手柄取りたいわけでも、好感度上げたいわけでもない。そうだ、だったら一緒に家出しよう!それなら俺だってマリアと同じだ。手柄にも何もならない。寧ろ家出なんかしたら学級委員になんかなれない。」

「何馬鹿な事言ってんだよ?!弘樹には心配してくれるちゃんとした両親がいるだろ!」

「マリアのお父さんだって心配するだろ?!立派な教師なんだし。」

「は?立派な教師?何処が!笑わせるな!母親は噂通り男作って出てったし、立派な教師は家に帰ると娘にストレス発散怒鳴り散らし暴力三昧だ!もうこんなのうんざりなんだ!限界なんだよ!」

私は怒鳴るようにそう言いながらカーディガンのボタンを引き千切るように外し、中に着ているニットを捲って紫色になった背中の痣を見せた。タバコの火を押し付けられた痕もある。

弘樹は驚きのあまり絶句した。

「そんな顔するなよ!この事は誰にも言うな!こんなの見せたの弘樹が初めてだからな。これでわかっただろう!わかったらとっとと帰れ!」

「・・・マリア、行こう!」

「何処へ?」

「いいから、行こう!」

「警察とか嫌だよ!何度も警察に行って説明したけど子供の私の話は信じて貰えなかった。父が迎えに来て言葉巧みに我儘な私への躾の一環だと主張して、きっと、私が父の暴力で殺されない限り信じて貰えない。だから殺される前に家出するって決めた!さっき息が出来なくなる程背中を棒で殴られて殺されそうになったんだ!私が大柄な男ならあんな奴ひと捻りなのに!もうあんな所にいられない!」

弘樹が私を連れて行ったところは、物置小屋のような古い空き家だった。

「落ち着いて!大丈夫だから。マリアの話、ちゃんと聞きたい。ここは俺と悠人の秘密の場所。誰にも言うなよ。幼い頃からここで悠人と秘密基地ごっこしてたんだ。未だに懐かしんでここで悠人と過ごす事もある。こんなところに隠れていても、大人達に見つかるのは時間の問題だろうけど・・・ 無理しなくていいから、マリアが話せる事、俺に聞かせてくれないか?絶対誰にも言わない。約束する。」

私は父からの酷い虐待について一部始終弘樹に話した。母がいた頃は母からも虐待を受けていた事も。
どうせ家には戻らない。
弘樹が家に帰って両親に私の虐待の事を話そうと、学校で言いふらそうと、どうでもいい。家出するのだから。

「・・・で、私、何度神様に願ったか。目が覚めたら大人になっていて、自由になっていますように、って。結局さ、神様なんて何処にもいないんだよな。」

「マリア・・・そんな事を泣きもせず淡々と語れるなんて・・・。如何してマリアが学校であんな投げやりで無茶な振る舞いをするのかよくわかった。ずっと不思議に思っていた。辛かったよな。ごめんな、全然知らなかったから・・・だけどお父さんとの生活、何とかならないかな。痣が残る程の暴力振るうなんて。あ、あの眼帯してきた時って・・・」

「感情任せに投げられたガラス製の灰皿が目に当たった。父は心配した、私の事じゃなくて、自分の保身の為、虐待が暴露たら如何しようって思ったんだろうな。幸い灰皿は割れなくて、目は灰皿が当たって充血するだけだった。私は目眩を起こしてテーブルに顔をぶつけた事にされた。母にも殺されかけた事があった。力任せに思い切り殴られた拍子に、本当にテーブルの角に頭ぶつけてさ。何ともならない。昔からそうだったから。我慢するしかない。」

「本当に我慢するしかないのかな?おばあちゃんにちゃんと伝えた?」

「おばあちゃんには心配かけたくない。如何しようもない時はおばあちゃんの家へ行ったけど、思い切っておばあちゃんに伝えようとする度、すぐ父が連れ戻しに来て。弘樹、もう帰れ。もうすぐ7時になる。暗いし、弘樹の両親が心配する。」

「マリアを置いて帰る事なんかできないよ!そうだ、懐中電灯!」

弘樹は棚から懐中電灯を取り出した。周りが明るくなった。

「・・・ こんな状況でさ、こんな事言うのも、と思うけど・・・ 俺、如何してこんなお節介焼いてるかわかるか? マリアの事が好きだからだよ。マリアがずっと気になってて、好きだった。如何だおかしいだろ?笑ってもいいけど絶対に誰にも言うなよ!」

弘樹は恥ずかしそうにそう言った。ホント、こんな時に言うなよ、と思った。

「笑ったりしない。誰にも言わない。」

と言うと

「マリアは? 俺の事如何思ってる?!」

「如何って・・・ ごめん、わからない。考えた事もない。親からの暴力を如何避けるかばかり考えて生きて来たから・・・」

「だったら、こうしたらわかるかも。」

そう言って、弘樹は私に唇を重ねて来た。

私は驚いて弘樹を突き飛ばそうとしたけど、大柄な弘樹の力は強く、私を抱きしめるように優しくキスをし、私は途中で抵抗するのをやめた。

弘樹は唇をそっと離して

「如何だった?」

と訊ねた。

「如何って・・・ 弘樹は?」

「マリアの辛そうな顔見てたら自然にキスしたくなった。女の子とキスしたの、初めてでさ、この事も誰にも言うなよ。だけど、ドキドキした。マリアの唇、柔らかくて。」

「私も男の子とキスしたの、初めて。ドキドキした。吃驚させるなよ。弘樹こそ、この事誰にも言うなよ。」

「・・・何か、さっきからお互い『誰にも言うなよ』ばかりだな(笑) マリア、もう我慢するな。お父さんのところから逃げなきゃ。おばあちゃんの家に逃げる事はできないか?俺、おばあちゃんの家に一緒について行ってやるからさ、ちゃんとマリアの気持ち、おばあちゃんに伝えて、おばあちゃんと暮らすんだよ。俺もお願いするから。こんなの絶対良くないから。」

「いつもおばあちゃんの家に行くと、父が飛んできて、無理矢理私を連れ帰る。
その繰り返し。」

「だからもう、連れ戻されないように、おばあちゃんの家にいられるように、俺も説得するからさ!今ならまだバス、間に合うから、行こう!」

私は弘樹とバスに乗り、おばあちゃんの家へ向かった。

バスの中で、弘樹は私の冷たく震える手を握ってくれた。

「弘樹、ありがとう。私も弘樹の事、好き・・・かも。」

弘樹は照れた表情で

「本当? 良かった!嬉しいな。だけど、おばあちゃんの家で暮らすことになったら、転校しちゃうね。」

「同じ旭川市内だから、会おうと思えば会える。バスで30分。」

「そうだね。おばあちゃんの家の住所と電話番号教えてくれる?」

私はメモ帳を取り出し、住所と電話番号を書いて弘樹に渡した。

祖母の家に着くと、何とそこには祖母と一緒に既に父が待っていた。私は緊張して固まった。

「マリア!こんな時間まで何をしていたんだ?!ここに来ると思ってはいたけど、その男の子は誰だ?!」

父は気持ち悪い程穏やかな表情だが内心カンカンに怒っているのだろう。また連れ帰られ怒鳴られ蹴られ殴られる。

「吉川弘樹です。マリアさんと同じクラスです。野球の帰りにマリアさんが荷物を持って歩いているのを見て、おかしいと思って声をかけました。家出するつもりだったようです。理由はおじさんがよくわかりますよね? おばあさま、マリアさんはもう、その父親との生活は無理だと思います。助けてあげてください。マリアさんの背中、見た事ありますか?」

祖母は私の背中の痣を見て言葉を失った。

「マリア、おいで。気づいてあげられなくて本当にごめんなさい。」

祖母は泣いて私に謝った。

「吉川君、マリアを連れて来てくれてありがとう。もう私はお前にマリアを連れ帰らせたりしない!出てお行き!出て行かなければ例え息子でも警察を呼びます!」

そう言って、祖母は父を追い出した。

「マリア、良かったな。きっともう、これで大丈夫だよな。」

「弘樹、ありがとう。そうだ、弘樹のご両親が心配してる!おばあちゃん、弘樹のご両親に電話を!」

祖母は慌てて弘樹のご両親に電話をかけた。弘樹のご両親はとても心配されていて、丁度、警察に連絡するところだった。

私は祖母と暮らす事になった。

弘樹が助けてくれたお陰だ。

それまで私は、祖母に父から虐待を受けている事を言えなかった。その上、迎えに来る父は常にニコニコ優しい父親を演じて

「またマリアのわがままが始まったな。わかった、家でも練習できるようにクラリネットを買って欲しいんだろう?買ってあげるから拗ねてないで帰ろう。帰りにはマリアの大好物のチョコレートケーキを買ってあげるから。」

と、訳のわからない事を並べ、私を連れ戻していた。どうせ車に乗れば私を怒鳴り始め、家に着けば殴るくせに、その気味の悪い変貌ぶりに呆れていた。

虐待を受けて苦しんでいる方、小学生の方が私の記事を読んでいるとは思えませんが、どうか誰かに相談する勇気を持ってください。虐待(身体的虐待、性的虐待、心理的虐待)に苦しむ子は一人で抱え込んで、自分が悪いんだ、と思い込んで、誰にも相談できない事が多いと思います。
あなたは悪くありません。力になってくれる人が必ずいます。相談しましょう。

おとうさん、おかあさんから、おおごえでどなられたり、たたかれたり、やけどさせられたり、おぼれさせられたり、たべものをもらえなかったり、いえにいれてもらえなかったり、いたいことをされたら、くるしいことをされたら、こわいことをされたら、そとへでて、おとなのひとに、たすけて、と、おねがいしてください。

全国児童相談所一覧

また、虐待されているかも、という子に気付いたら、189に電話しましょう。

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私は同級生の男の子に偶々助けられました。その子は残念ながら、今どこでどうしているかわかりません。もう会える事はないでしょうけど改めてあの時のお礼をお伝えしたいです。

私は転校し、祖母の家から学校へ通うようになりました。弘樹は月に一度は私に会いに来ました。

常盤公園を2人で散歩しながら

「お付き合いしてください、も言わずに、あの時、先にキスしてごめん。ちゃんと言わなきゃね。お付き合いしてください。」

と、言われて

「ありがとう。お付き合い?って如何いう事かわからないけど、こうやって弘樹と出かけたり、電話で話したり、手紙書いたり、それなら。」

と応えた。

「それと、こうやって手を繋いだり、キスしたり。」

と言って、弘樹はまた私にキスをした。

「なんか、弘樹といると、女みたいな気分になる。」

「マリア、女の子じゃないか。」

「私、男に生まれたかったから。」

「女のマリアも悪くないと思うよ。」

そのうち弘樹はお父様のお仕事の都合で埼玉へ引っ越して行き、私はブラジルに引っ越した。

いつの間にか弘樹とは音信不通になってしまった。

恋愛とは言えない子供の頃の出来事ですが、弘樹は私にとって、忘れられないファーストキスの相手で、そして、私を虐待から守ってくれた恩人でもありました。

⬇️この歌に出てくるLuka(私)のような子がこの世からいなくなりますように。

Luka
Written by Suzanne Vega

My name is Luka
I live on the second floor
I live upstairs from you
Yes I think you’ve seen me before

名前はルカっていうんだ
2階に住んでるの
あなたの部屋の上だよ
うん、僕を見かけたことあると思うよ

If you hear something late at night
Some kind of trouble. some kind of fight
Just don’t ask me what it was
Just don’t ask me what it was
Just don’t ask me what it was

もしも夜遅くにね
もめごととか喧嘩みたいな騒ぎ声を
あなたが聞いたとしても
「何だったのかい?」なんて
僕に聞かないでね
お願いだよ
どうか聞かないで

I think it’s because I’m clumsy
I try not to talk too loud
Maybe it’s because I’m crazy
I try not to act too proud

僕って器用なタイプじゃないんだ
だからだと思う
あまり大きな声では話さないように努力はしてる
それか僕が馬鹿だからかな
えらそうにもしていないつもりなんだけど…

They only hit until you cry
After that you don’t ask why
You just don’t argue anymore
You just don’t argue anymore
You just don’t argue anymore

あの人達は泣くまで殴るだけなんだからさ
それが終わったら「どうしてなの?」って聞かないことだよ
それ以上言い争ってもだめ
口論しても無駄なんだ

Yes I think I’m okay
I walked into the door again
Well, if you ask that’s what I’ll say
And it’s not your business anyway

うん、僕は大丈夫だと思うよ
またあの家に戻ったんだ
もしあなたが聞いてきたら僕はそう言うよ
でもどっちみちあなたには関係のないことだよね

I guess I’d like to be alone
With nothing broken, nothing thrown
Just don’t ask me how I am
Just don’t ask me how I am
Just don’t ask me how I am

ただ、一人になってみたいかな
そしたら何も壊されることもないし
何も投げつけられることもないだろうからね

僕に「大丈夫?」なんて聞かないでね
「どうしてる?」なんて聞かないで
お願いだから

My name is Luka
I live on the second floor
I live upstairs from you
Yes I think you’ve seen me before

名前はルカっていうんだ
2階に住んでるの
あなたの部屋の上だよ
うん、僕を見かけたことあると思うよ

If you hear something late at night
Some kind of trouble, some kind of fight
Just don’t ask me what it was
Just don’t ask me what it was
Just don’t ask me what it was

もしも夜遅くにね
もめごととか喧嘩みたいな騒ぎ声を
あなたが聞いたとしても
「何だったのかい?」なんて
僕に聞かないでね
お願いだよ
どうか聞かないで

And they only hit until you cry
After that, you don’t ask why
You just don’t argue anymore
You just don’t argue anymore
You just don’t argue anymore

あの人達は泣くまで殴るだけなんだからさ
それが終わったら「どうしてなの?」って聞かないことだよ
それ以上言い争ってもだめ
口論しても無駄なんだ

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