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「アート・コレクターと税制―マイ・ルール構築に向けて」 #2-3 美術品の資産としての特徴―貴金属、不動産、美術品

 本note記事のシリーズは、アート作品にかかわるコレクター側の意思決定について、マイ・ルールを構築するにあたり少なからず影響するであろう経済的側面、とりわけ税制に着目して整理を試みるものである。

 前回記事:#2-2 美術品の資産としての特徴―預貯金、株式、美術品 では、家計の代表的な金融資産である「預貯金」「株式」と、実物資産ないし動産である「美術品」を具体的に比較した。今回は、同じ動産同士の「美術品」と「貴金属」を比較し、さらに「不動産」とも比較していく。少しマニアックな回になることを、あらかじめ断っておきたい。

# 2-3 美術品の資産としての特徴―貴金属、不動産、美術品

美術品の価値、貴金属の価値


 まず、「美術品」も「貴金属」も、現物に希少性があること、美的価値が認められているところに共通項がある。(もっともアートにおいては美的価値のみならず時代時代の社会的文脈が価値付けに影響するといった面を無視出来ないが。)また、「美術品」も「貴金属」も資産を利用する(産業上の利用以外に、個人レベルで楽しむという意味を含む)ことで直接便益を得るという需要の他、投資ないし投機目的の需要があるというのもこれらの共通項だ。

 「美術品」の価値は、必ずしも時の経過に伴い減少しない。「貴金属」もまた同様だ。「美術品」の多くは一点もので、長い時間軸で見れば、同一作家が生み出した「美術品」の流通数は逓減していくが、「美術品」の総数自体は増大していく。「貴金属」については、新たな鉱脈や地下資源の発見、あるいは宇宙開発の進展等によっても流通量が大きく変化する可能性があるだろう。いずれにおいても需要と供給のバランスは絶えず変化し、その成り行きを予測するのはなかなかに困難だ。

市場、取引の特性の比較

 「美術品」と「貴金属」をその市場や取引に着目して比較してみよう。「貴金属」においては、金、銀、プラチナ等を中心に高度な流通市場があり、価格変動の振れ幅が相対的に小さいのに対し、「美術品」の多くは高度な流通市場がなく、価格変動の振れ幅が相対的に大きい。(もっとも「貴金属」の種類により各市場は異なる特性を持つし「美術品」もまた然りだ。)

 また、「美術品」の市場は一般に透明性が低く、作品のプロブナンス(来歴)、真贋の調査コスト等もかかるのが通常だ。つまり「貴金属」と比較すると「美術品」は取引コストが相対的に高く、換金可能性が低い。これについて近年、ブロックチェーンを活用した透明性の確保、取引コストの削減が試みられている点は注目に値する。

動産ゆえの共通項:物理的なリスク


 「貴金属」も「美術品」も現物であるゆえ盗難リスクがあるが、「美術品」はさらに破損等のリスクも付きまとう。「貴金属」に比べて、多くの「美術品」は物理的大きさを伴うという特徴もある。これは保管コストや空間的制約の問題と結びつく。

トレーディング目的での保有


 企業会計の基準上、活発な市場が存在することを前提に、市場価格の変動により利益を得ることを目的として保有する資産のことを「トレーディング目的で保有する棚卸資産」と呼び、上場企業等は毎期末時価評価を行うというルールがある。その代表格として「貴金属」の一種である金現物が挙げられる。「美術品」は、そうした目的での所有が一切想定されないわけではないが、市場の特性から、現状は上場企業において殆ど想定されにくいと考える。


減価償却についての比較


 「美術品」も「貴金属」も時の経過による減価を想定しないという特徴がある。そのため「減価償却」の適用ルールが少し特殊だ。

 一般に「減価償却」の対象となる資産としては例えば、建物、機械装置、器具備品、車両などの「有形固定資産」がある。これらの資産は、長期に渡り使用することで摩耗や破損などにより価値が徐々に低下すると考えられており、「償却性資産」とも呼ばれる。

 例えば「土地」は減価償却を行わない資産,「非償却資産」の代表格だ。徐々に地球上の大地、ないし国土が滅失していくといったことがない限り、時の経過に応じて価値が低下するわけではない、という点は自明だろう。
 
 片や「美術品」は、時の経過に応じて価値が減少するとは限らない、という特徴を持ちながら、物として長期に渡り使用される可能性がある点から、物理的に価値が失われ得る潜在的宿命を孕んでいるという点も想定しなければならない。このような点を考慮して税務上は「非償却性資産」と「償却性資産」の折衷的と言えるような、特殊なやり方が採用されている。詳細な仕組みの解説は、次回で詳細に取り上げようと思う。

 対する「貴金属」についても税法上特殊な定めがある。例えば、プラチナ製の溶解炉のように、素材となる「貴金属」の価額が全体の大部分を占め、使用後は素材に還元され得るような「有形固定資産」について減価を想定するのは不合理だ。ゆえにたとえ「機械装置」など償却性資産の類であっても、こうした場合は減価償却されないルールとなっている。

 少々マニアックだが、「減価償却」という仕組みに着目して「資産」としての特徴を比較してみるアプローチは興味深い。

不動産と美術品


 続いて、「不動産」と「美術品」を比較してみよう。「不動産」は民法上で土地及びその定着物をいうが、土地・建物がその代表だ。

 #2-2 美術品の資産としての特徴 - 預貯金、株式、美術品 でも触れた通り、家計の「現物資産」の中心は居住用を含む「不動産」であり、それは家計の「金融資産」の保有規模の1.5倍に及ぶほどだ。ただし、最新の総務省統計局の調査によれば、持ち家比率は近年全国平均60%前後で推移しているが、昭和の後半以降若年層では軒並み低下傾向にある。
 
 土地、建物には、使用することで直接便益を享受するための需要以外に、投資ないし投機目的の需要がある。後者は売買による値上がり益(キャピタルゲイン)以外に、賃料利回り(インカムゲイン)がより重要となる。住宅購入に際しては、物件を使用する価値だけでなく、マクロ的市況、立地、人口動態など、出口に与える要素を意識しておくことが投資的視点から賢明だ。

 投資用の不動産は、安定的な収益源ともなり、購入者の生活基盤を支える。しかし、取引一単位は通常高額であり、手元資金が流動性が低いモノに固定化されてしまうデメリット、空室による機会損失の可能性、維持コストの問題もある。債務を抱えた場合の返済計画など含め、周到な資金面のプランニングが必要だ。( 取得した資産にばかり目が行きがちなケースは多いが、同時に抱える債務の存在も忘れてはならない。)

 一方、「美術品」には通常投資不動産のようなインカムゲインがない。支えるのは購入者の生活基盤などでなく、精神的基盤とも言うべき、何かもっと目に見えにくいものだ。

 「美術品」のコレクションにおいても、手元資金が流動性が低いモノに固定化されてしまうデメリット、場合により維持コストの問題も類似するが、取引単位が小さい、かつ取引件数が少なければ、経済的に大きな問題には発展しにくいかもしれない。

「美術品」の最大の難しさは「出口」の難しさ、と言えるかもしれない。基本的に相対取引であるため、売主・買主の事情や、物件または作品そのものの個別事情が、流動性(すなわち換金可能性)に影響を与えるという点において「不動産」と「美術品」は類似しているが、相対的なマーケット規模の小ささ、流通する数量、取引コストの面からして、多くの「美術品」の「出口」の難しさは多くの「不動産」のそれとは比べものにならないだろう。

 なお、事業体の持つ(取得価額が高額な)美術品、不動産のうち非償却資産である土地は、取得時の価格で「貸借対照表」に計上されるのが通常であり、その「含み益」は売却により初めて顕在化する。そのため、上場企業などが業績不振の際、「含み益」のあるそれらを手放すことで「損益計算書」上の損失をカバーする、ということがニュースになるのだ。

 なお、不動産の中でも「家計」の居住用の不動産(いわゆるマイホーム)については、税務上特別の優遇制度が用意されている。例えば、住宅ローン控除の制度や、夫婦間の居住用不動産の贈与に関する特例、父母・祖父母などからの住宅資金贈与に係る特例や、譲渡や買換えを行った時の特別控除や課税の繰延べ制度、相続時の宅地評価の特例などがそれにあたる。
 
 とりわけ居住用不動産は、購入/売却/贈与/相続といった各局面において、特別の政策的配慮があるのだ。残念ながら、そうした優遇制度は「美術品」には用意されていない。しかし、別の観点から、文化・芸術を次世代に継承するため「美術品」ならではの制度も用意されている。これらについては後の回で掘り下げていく。

 さて、次回以降ではいよいよアート作品にかかわるコレクター側の意思決定と関連する税制について、① アート作品を購入、所有または(独占的に)利用することに伴うもの ② アート作品を手放すことに伴うもの ③ アート作品を遺す、引き継ぐことに伴うもの に分けて整理していこうと思う。→ #3 美術品を買う、所有する~減価償却の話を中心に へ




                                                                                 Artwork by Takashi Horisaki
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