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大反対(パイロット版)

 昼休み、社食から出た所で同期の竹田由美と並んで歩いていると、エレベーターからこれまた同期の野木が降りてきた。

「お、野木。おつかれー」

「ああ、おーっス」

「まったねー」

 挨拶と社交辞令は隣の由美に任せて、希愛(のあ)は知らん顔ですれ違う。

 すれ違ってしばらくしてから由美が「あ」と思い出したような声を出した。

「今年の『あすなろ』の幹事、希愛と野木だよって言うの忘れてた」

「げっ、うそ、マジ!?」

「うん、今年度のあすなろ会の経費計上されてたから、思い出して今年は誰か調べたらあんたたちだった」

 由美は経理部、希愛は開発部に所属している。ついでに言うなら野木は営業部だ。

 他の会社がどうなのか知らないか、希愛の会社には「あすなろ会基金」というものがある。

 異常に同期愛を大切にする社風で、毎年、同期会費として一人あたり5,000円が支給される。それを利用して何かしら同期愛を深める行事をしなければならない。

 普段からも同期飲みがないこともないが、会社に報告しなければならない公の同期会なのだ。

 そして、年度の幹事は二人一組で順番に回ってくる。

 会社を恨みたくなるほどハズレではないが、アタリほど嬉しくもないそれは、希愛の同期入社は十八人。九年に一度の割合で役が当たるのに、入社八年目でまだ回ってきていなかったのだからむしろ当然ともいえた。

 が、しかし。

「げー、よりにもよって野木と!? 最悪!」

「どうやらね、単にあいうえお順らしいわ。『野木(のぎ)』と『能間(のま)』。どうでもいいことすぎて五年間気づかなかったけど」

「『鈴木』でも『野口』でもなんでもいいからもう一人いればズレてたのに!」

「野木、嫌いだもんねぇ」

「嫌いっていうか苦手って言うか……まあ、ありていに言うと嫌い」

「野木、全然イヤなやつじゃないのにー?」

「合わないんだよ、なんか。いや、喋るは喋るよ、普通に。同期だし、社会人だし、大人だし」

 野木とはソリが合わない。

 就職試験のときから、ディベートでもいつも反対意見だった。
 入社から八年の間に積み上げられた相違点は、たとえば夏か冬か、山か海か、和食か洋食か、サッカーか野球か、コーヒーか紅茶か、大きなことからささいなことまでとにかく希愛とは考え方から趣味嗜好まで全く違う。
 同期は、社風のおかげかみんな仲がいい。
 希愛もそれを壊さないくらいの配慮と我慢はできる大人だし、意見が食い違っても波風を立てるようなことはやらない。直接仕事でかかわることは少ないので、そんな「違い」に目くじらを立てるほどではなかったけれど。

 数日後、野木が開発部にやってきた。

 確かに昨日、全社員に今年度のあすなろ会の通知は来たけれども、偶然、廊下などで希愛に会ったときにでも話をすればいいのに、わざわざ時間を割いて自らの足を使ってやってくる男、それが野木だ。確か、大学まで野球をしていたと聞いたし、実際今も会社の草野球チームに入っている。『体育会系』を希愛は嫌いだし、希愛は万年帰宅部だ。

「能間。今年のあすなろ会、俺らが幹事だってさ」

「うん、よろしくー」

「それで、今年の内容だけど」

「適当に飲み会でいいんじゃない? お店は野木のいきつけでいいよ」 

「そうはいくか。去年、俺ら45期がナイスプラン賞取った賞金の分が予算に上乗せされてるだろ? 今年も期待されてるだろうから下手なことはできない」

「えー、そんな熱くなることじゃないでしょ? やった、ラッキー! でいいじゃん。それに、あたし、いま立て込んでるし」

「だったら俺の方でいくつか考えとくから。仕事が落ち着いたら連絡くれ」

「え、あー、うん」

 そういう真面目なところが嫌いなんだよ、と希愛は心の中で毒づいた。

 仕事でもなし、義務でもなし、一生懸命にやる価値を見出せない。価値のないものに尽力する主義ではない。希愛には奉仕の精神は一切ない。

「ま、野木が勝手にやってあたしはテキトーにできそうなこと手伝えばいいか」

 しかし、野木は想像以上に熱い男だった。

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