6.他の女が選んだネクタイ罪 #絶望カプ
警察組織というのは実に体育会系の超縦社会であって、上司の命令は絶対。つまり「見合いしろ」と言われれば断ることなどできないのだ。
庁内でも有名な鬼課長、その娘御の見合い相手にこの俺が抜擢されてしまうなんて、まっこと迷惑千万恐悦至極にございますよ。
しかし、課長のお嬢さんがかわいらしい女性で正直驚いた。「父がゴリラなら娘ももれなくゴリラ。いくら出世が約束されてても……。あー、俺じゃなくてよかったー」と後輩から散々哀れまれたのは昨日までの話。ドヤ顔で言い返すことができそうだ。
「父から来栖さんのご活躍の噂はかねがね」
「いやあ、ははは」
笑ってはみたが右の頬が引きつっているのがわかる。どうせ課長は俺の失敗談ばかり笑って聞かせているに違いない。
先日も四十度近い気温のなか、道に迷ったという婆さんをおぶって、「あっち」「いやこっち」「やっぱり向こう」と三時間迷走し、挙句婆さんを探していたご家族に特殊詐欺犯に間違われるという騒動を巻き起こしたばかりだ。いや、これはどう考えても美談の方だろ。
お嬢さんは、よく喋り、よく笑う。御年二十九歳、一般企業にお勤めだそうで、結婚後も仕事は続けたいとの事。特技の空手は黒帯(ですよねー)で、趣味は登山と料理、今ハマっていることはお一人様キャンプという見た目に似合わぬアクティブな女性だった。
ところで、先輩も同期も後輩も、とにかく同僚の見合い結婚率は非常に高い。どんだけ恋愛に奥手なんだ警察官は。もちろん自由恋愛が禁止されているわけではないが、おそらく変則すぎる勤務と職務への理解が求められた結果、必然的に上司にお膳立てされた相手と結婚するのが一番いいのかもしれない。
そんな先人達から口伝されるデートコースがあって、踏襲されまくったそれにご多分に漏れず今日の俺も世話になっているのだが、お嬢さんは悪い顔をして笑ったかと思うと、
「次どこに行くか、私知ってますよ。映画ですよね」
「え?」
確かに次は映画だ。刑事モノの上映があった場合はその一択で、観賞後それについてうんちくを傾けて聞かせるという見せ場付きプランなのだが。
「どうせ今、刑事モノはやってないし。ねえ、コース、外れちゃいません?」
「え?」
代わりに提案されたのはウインドウショッピング。曰く、映画なんかよりずっと互いの価値観がわかるし楽しいと言う。確かにそうかもしれないが。
上司の出産祝いを買いたいと仰るので、まずはそれにつきあい、次に食器を見る。フロアの順にブラブラして、通りかかった紳士服売り場で、お嬢さんは今日の記念に何か買いましょうと言った。特に欲しいものはなかったが、あっても困らないものということでネクタイを一本見繕ってもらう。
青が綺麗な濃紺のネクタイ。支払ったのは俺だけど「あなたに首ったけって意味は少なからずありますから」そう言って、お嬢さんは笑った。
その後、デートコースに戻って、夜景の綺麗なビルで食事をする。歴史あるコースだけに、チョイスがいちいち一昔前な気がする。だからって、俺にイケてるデートをプロデュースする知識があるかといえばないから、ありがたく倣うけれども。
「来栖さん、お付き合いされてる方はいらっしゃらないんですよね」
「ええ、まあ」
いたら断る理由になったのだろうか。
「来栖さんに結婚する気がないのはお聞きしております。今日だってたぶん父が強引に……。渋々来てくださったのでしょう?」
「失礼なことで、申し訳ありません……」
お嬢さんは首を振った。
「私は刑事がどれほど危険な仕事か知っています。父は毎朝、今生の別れかとツッコミたくなるような挨拶をして家を出るんです。暑苦しいったらないんです」
「ははは」
愛想笑いしかできません。暑苦しいのが察せるだけに。
「来栖さん」
お嬢さんは声を改め、正面から視線をしっかり合わせてきた。
「えっと、は、い……」
確かにここはコース的には今日のキメ所ではありますが、いや、俺、ホントに……。
「もし、旦那様となる方が仕事で大怪我なさったり、最悪の場合、殉職ということになったとしても私は旦那様を誇りにそのあとの人生を一人でも生きていきます。すごく悲しくても泣き暮らしたりしません。それは旦那様への愛情がないとかそういうことではありません。刑事の娘だからです。いつも覚悟をしています」
「はい」
返事をした俺の声は真剣なものだった。
「最後の最後、紙一重で生死を分つのは、絶対生きて帰るって意思があるかないかだそうです」
「……そうなのかもしれません」
「だから結婚しろ、家庭を持て」
「はい」
「……父からの伝言です」
課長、マジで暑苦しいんだよ、ちくしょう。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?