8.同じ刑事じゃ意味ない罪 #絶望カプ
「まぁ、先輩のポテンシャルの高さにはうすうす気づいてましたけどね、俺は」
「なにがだよ」
「しらじらしい! 円さんのことですよ!」
後輩の進藤が、手にしていた果物ナイフを俺に向けたのでややひるんでしまった。あの事件以来、実は先端恐怖症気味なのだ。汚点かつ弱点なので誰にも言ってないけど。
「な、名前で呼ぶなって。馴れ馴れしいだろ」
「先輩、ちっちゃ! 心、せまっ!」
「なんとでも言え。それより、お前りんご剥くの上手すぎだろ、ヤバいぞこれは」
「りんごアートです」
進藤はみるみる間に、ウサギだけでなく、お座りウサギや、白鳥りんごなるものまで作り出した。
「ホントに円さんとつき合ってないんですか」
「円はただの幼なじみだよ」
「はー。南ちゃんですよ。全男子の憧れですよ」
はいどうぞ、と工芸品りんごが差し出される。
「これ食うの勿体なさすぎんだろ」
「先輩に食べて欲しいのって言ってますよ」
進藤の発言に顔をしかめつつ、遠慮がちに口に入れる。すると、りんごの酸味と瑞々しさが俺の停滞した入院生活に驚きの新鮮さをくれた。りんごってこんなにうまいものだったのか。ウサギやら白鳥やらの感動はどこへやら、俺は口いっぱいに頬張った。
「おまえ、ひょうわか」
「昭和? いえ、平成生まれですけど、言っても平成元年なんで悲しいかな昭和色が残りがちってのが悩みで。ってか、高校球児ですからタッチはバイブルです。合言葉は『南を甲子園に連れてって』でした」
「古ッ」
「当時の彼女には、そんなおねだりはもちろん、甲子園の『こ』の字も言われませんでしたけどね」
「丸坊主のくせに彼女がいたのか……。お前、そこは野球命だろーが」
「先輩、何部だったんすか」
「サッカー部」
「チャラいやつだ! 野球部の敵!」
否定しまい。確かにチャラチャラしていたかもしれない。が、強くもないサッカー部ってそんなもんだろ!
「彼女くらいいたでしょ」
「いたこともあった」
「何人くらい?」
「えー? 三、四人? かなー」
「そのなかに円さんはいなかった?」
「円と付き合ったことはない」
「なぜですか」
「なぜってそれは、なんだ? タイミング……かな?」
「好きなことは好きだったんですね。恋の芽生えは中学生くらいからですか?」
「うーん、高校も円と一緒のとこってすげぇ思ってたのは覚えてるからそうかも……ってなにお前、尋問めちゃ上手ぇな! びびったわ! 怖っ!」
進藤から離れんとばかりにベッドの反対側に身を寄せる。いや、これは嬉しい部下の新発見だ。この力はぜひ適所で伸ばしてやらねば。
「いまどき小学生でもわかりますよ。つまり、アナタこじらせてるんですね?」
「こじ……最近そうかもと思うことは……ある」
「こじらせてる上に、先輩は一生結婚する気がないときた。円さん、かわいそー。責任取らなくていいんですか」
「責任取るような事実はない」
「証言に嘘はありませんか」
「いや……ちょっとはあった。かもしれないけど……それはもう土下座で許してもらってる」
「土下座ぁ? 何したんですか。ウケる。まあ、先輩くらいの年齢でカレカノでない男女がカレカノにならないって何かしらあるんでしょうけど。円さん、そろそろ結婚焦ったりとかしてるんじゃありません? いいんですか」
「円は……」
言葉が続かずついに俺は黙ってしまった。
俺にとっての円、円にとっての俺、円の未来、俺の未来、これらを深掘りすることを俺はおそらく意図的に避けていて、今あるべきをあるがまま、ただ受け入れようと努めている。
たぶん、俺に常にあるのは、漠然と横たわる絶望だ。
死にたくなるほど悲惨ではないが、生きていくには少し期待を持てないくらいの、生殺しにも似た、なまぬるい絶望感。
「……円は結婚相手募集中だよ」
それは俺じゃない。
「えっ、じゃあ俺、応募しようかな」
「バッ」
慌てるあまり、ばかやろう、の『ば』だけが音になる。
「お前だって刑事だろうが! それじゃ意味……ない……って……」
そこまで言って少しの間うなだれてから、その場で「はい」と挙手した。
「……明らかな誘導尋問です、裁判長」
「この進藤が先輩のために一肌脱ぎましょうか?」
「あの……? 来栖さん?」
ベッドの周りを囲むようにカーテンは八割がた閉まっている。その向こうから聞こえた女性の声に、俺たちの動きが止まる。
目を見合わせ、「誰ですッ? 幼馴染2号!?」「いねえよ!」とこそこそ言い合いあってから、進藤が「はい?」とカーテンを開けると、そこには課長のお嬢さんが立っていた。
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