ゲノム編集で疼痛をやわらげる

近年、いろいろな研究手法が開発されて、臨床応用を目指してトランスレーショナル研究が進められています。CRISPR/Cas9によるゲノム編集もその一つで、多くの研究分野で利用されていて、今ではCRISPR/Cas9を使いましたというだけでは、論文の加点材料にもならないのが現状です。

最近Science Translational Medicineに掲載された論文 "Long-lasting analgesia via targeted in situ repression of NaV1.7 in mice" は、遺伝子発現を抑制するCRISPRiを利用して神経因性疼痛を抑制しようという研究報告です。

私もCRISPR/Cas9は遺伝子ノックインを目的として使っています。Indelを期待するだけのを第1世代としたら、遺伝子ノックインは第2世代ということになるでしょうか?そのあとはたくさんありすぎるので整理できませんが、切断活性を失ったdCas9に酵素などを結合させた第3世代(以上?)が今の流行です。この論文で使っているのはdCas9にKruppel-association box (KRAB)による発現抑制を使用しています。もうひとつの手法としてはZink-Fingerを利用したZEP-KRABも使って発現抑制をしています。

CRISPR/Cas9を生体に適用するときの問題点は、Cas9タンパク質の導入方法です。この研究ではAAVを用いているのですが、サイズの大きなCas9タンパク質を2つに分割して、2つのAAVに載せて遺伝子を導入しています。この分割された2つのタンパク質が細胞内で会合して機能します。複数のAAVを用いる時には二重感染効率が実験成功の鍵になる気がします。この論文では、セロタイプ9のキャプシドタンパク質を使うことで神経細胞への感染効率をあげるという作戦を取っています。また、Cas9タンパク質を目的の遺伝子座に誘導するために必要なguide RNA(gRNA)はNeuro2a細胞を使って、電位依存性ナトリウムチャネルNav1.7の転写開始部位付近の10個のgRNAの中からスクリーニングをかけて、2つのgRNAを使うことにしています。dCas9-KRABを2つに分割したことで、2つのgRNAを同時に使えるようになったんですね。同時にZEP-KRABについても発現抑制効率を検証しているのですが、その抑制効率は88%と、71%だったdCas9-KRABよりも効率よく発現抑制できるようです。本当はdCas9の方に興味があったので、この時点でテンションが、、、、

次に、カラギーナンを用いて炎症をおこし、その後の痛覚過敏を誘発させるモデルを利用しています。そして熱による痛みに対して足を引っ込めるまでの時間を測定すると、炎症を起こした足では痛みに対して足を引っ込める時間が短くなることがわかりました。つまり、炎症によって痛みに対する反応が鋭くなっていました。しかし、Nav1.7の発現を抑制すると、その反応時間が長いままで、炎症がない場合と同じくらいの反応を示します。このカラギーナン炎症モデルでは、ガバペンチンというalpha2-deltaに結合する化合物を使うと痛覚過敏が軽減することが知られています。ガバペンチンを腹腔内投与するとNav1.7発現が抑制され、痛覚過敏も抑制されることがわかります。そしてこの効果がガバペンチンの半減期と一致して見られることから、Nav1.7の発現を調節することで痛覚過敏がコントロールできることがわかりました。

他にも神経障害性の疼痛を調べるためのPaclitaxelモデルやBzATPモデルを試しています。このモデルでも感覚が鋭敏になることを、触覚刺激や冷感刺激で確認していて、その閾値がNav1.7の発現レベルによってコントロールされています。つまり、痛みの刺激の種類とは関係なく、Dorsal Root GanglionにおけるNav1.7の発現レベルで痛覚過敏がコントロールされていることになります。最後に、炎症が発生した後でAAVによる遺伝子治療をすれば痛覚過敏は治る可能性を示して論文を終わらせています。

ウイルスを脊髄に直接投与しているので、脊髄のレベル選択的に治療可能で有り、他の体部位への副作用を抑えることができるという将来性を感じます。

個人的にこの論文の好きなところは、遺伝子発現抑制のためにゲノム編集やガバペンチンという複数の手法を使うこと、そして痛覚過敏のチェックをするという1つの命題を証明するために複数の手法を使っていることです。以前、「いい論文っていうのは、1つの仮説を確実に証明することなんだ」と恩師から教えていただきました。複数の手法を、たくさんの仮説を証明することに使うのではなく、1つの仮説を証明するためだけに用いるという姿勢は、改めて心に刻みたいとおもいました。

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