先天性発達障害に対する早期トレーニングの効果

先天性発達障害は私の研究テーマのひとつです。先天性発達障害は、遺伝子の変異が原因となって発症する発達障害で、これまでにいろいろな遺伝子が発見されています。しっかりと調べ上げたわけではないのですが、Rett症候群はその原因遺伝子MeCP2が見つかった時期も早く、ここで紹介するHuda Zobhbi先生が世界の一線で研究を進めてこられました。

先天性発達障害を理解し対処するためにはいくつかの課題があると思うのですが、私が関心を持っているのは、患者の早期スクリーニングとスクリーニングされた患者に対する治療法です。Presymptomatic training mitigates functional deficits in a mouse model of Rett syndromeというNatureに発表された論文は、この2つの課題のうちの後者に焦点を当てた論文になります。

すでに、レット症候群の多くがMeCP2という遺伝子の疾患で発症すると考えられること、そして、MeCP2遺伝子を遺伝子治療によって外来的に補充すると症状が回復することが知られています。特に遺伝子治療については、性成熟後のマウス(大人マウス)でも神経の異常の回復が見られることから、Rett症候群には、生後の治療で回復する症状があると考えられます。

まず運動機能を評価しています。評価に用いるのは、ローターロッドテストといって、回転する丸太のうえでマウスがバランスを維持し続けるものです。マウスが回転丸太の上に乗っていられる時間をはかり、長く落ちないでいられた方が運動機能が高いということになります。レット症候群のマウスは、通常12週齢くらいでは運動機能の低下が認められ、24週齢のレット症候群マウスはすぐに丸太から落ちてしまいます。事前に丸太乗りトレーニングをさせておくと、成績はよくなるのですが、ポイントとしては、「24週齢直前のテスト」は意味がなく、8週齢からの継続的なテストをすることで、成績が良くなりますが、それでも健常マウスと比べると成績の低下は見られます。

次に空間記憶能力をモリスの水迷路テストを用いて評価します。この課題では、水の下に見えないプラットフォームを置いておきます。マウスは水が嫌いなので、泳いでプラットフォームを探すことになります。このプラットフォームを見つけるまでの時間が早いと記憶が進んでいると評価できることになります。水迷路課題では4週齢からトレーニングを初めて、12週齢で成績を見ると、健常マウスと同じような成績をのこしています。残念なことに、この成績効果はおよそ16週齢までは継続しますが、その後また忘れて行ってしまいます。筆者たちはさらに、この学習効果の範囲についても調べています。別の認知課題である恐怖条件付け学習では、水迷路トレーニングによる効果は見られません。つまり、トレーニングした課題選択的に効果が見られるということになります。

異なる種類の課題では、違う脳領域に分布する異なるタイプの神経細胞が働くことが知られています。そこで筆者たちは、トレーニング中に働いた神経細胞だけに「印」をつけておき、その印がついた神経細胞だけを活性化したり抑制させられるようにしています。この手法を用いることで、「課題で使われる神経細胞だけを抑制/活性化し」、その神経活動操作の効果を調べています。

この手法で印づけされた神経細胞の活動を抑制すると健常マウスの成績が低下します。つまり、課題遂行に重要な細胞の印づけと、その細胞の活動操作には成功していることが確認されたということになります。トレーニング期間中に、この課題選択的な神経細胞だけを活性化すると、トレーニングをしなくても空間記憶能力が改善します。つまり、課題に使われる神経細胞の活性化がトレーニングの代わりになることを示しています。

次に、神経細胞に生じている変化をより詳細に調べています。レット症候群マウスの神経細胞の樹状突起(アンテナ)は短くなったり、シナプス入力する場であるスパイン数は減少するのですが、早期トレーニングによってその減少は緩和しています。神経細胞の形態的特徴と相関するように、機能的(生理学的)なシナプス入力も回復していることが明らかにされています。

女性のrett症候群患者ではX染色体不活性化という現象が起きるために、神経細胞の半数程度はMeCP2を発現できる細胞です。今回の研究からは、重要な少数の細胞だけを狙い撃ちすれば治療可能と考えることも可能です。であれば、およそ50%もの正常細胞をもつ女性がどうしてレット症候群を発症するのかという疑問が湧いてきます。この点についても今後の研究で明らかにされてくると期待したいです。

私はレット症候群を研究していないので、どのような症状がQOLに関わるのかはわかりませんが、将来にむけて症状選択的に治療できる可能性を提示した重要な論文であることは疑いありません。そしてトレーニングを早く始める必要性があることから、できるだけ早くに患者さんを見つけ出してあげるスクリーニング法の確率も重要課題となりそうです。

紹介するテーマを選ぶ指標として、記事への評価を参考にしようと思っています。もし気に入ったら評価してもらえると嬉しいです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?