ショクブツカレシ
初めて入った飲み屋で、酔っぱらいながら、
「これからの時代はポジティブにガンガンやることだと思うんですよー」
と話したら、
「君の感性はおもしろい!」
たまたま店にいた出版社の人に気に入られ、『君ならできる! ガンガン進め』というエッセー本を出したら、ベストセラーになった。
編集さんとの打ち合わせで酔っぱらいながら、
「ポジティブもそろそろ疲れてきましたよね。ゆるく生きたいですよね」
と話して、『ゆるゆる暮らす』というエッセー本を出したら、またベストセラーになった。
フリーターだった私は「センセイ」と呼ばれるようになり、ワイドショーのコメンテーターとしても活躍するようになった。人生とは、なにが起こるかわからないものだ。
つきあっていた彼は私が売れっ子になるにしたがって、引いていった。2人で歩いていたら、週刊誌に写真を撮られた。恋人同士なんだから、なにも後ろめたいことはないはずなのに、彼は、
「ユーメージンとつきあってるの、怖い」
といって去っていった。
まっすぐに家に帰りたくなくて、ふらふらしながら歩いていた。日はまだ高い。見知らぬ、緑多き道。
前方に、人が歩いている後ろ姿が見えた。とてもゆっくり歩いているので、追いついてしまった。髪の毛をツンツン立てている、細身の男性。横並びになったので、顔をみると痩せこけていて茶色かった。
「こんにちは」
懐かしい気がして、声をかけた。その人は声も出さず、ちょこっと頭を下げた。なんの欲も感じない雰囲気。草食系男子の典型というのか。
小さな売店があったので、足を止めた。ビールを買って、ベンチに腰を下ろそうとすると、草食系男子が先に座っていたので、横に座ってぷしゅっと栓をあけた。一口飲むと、心がふわりとした。草食系男子は無言で座っている。
「私ね、時代の先を読める女とか言われてるんですよ」
思わず言葉がこぼれ出た。
「なのに、自分の人生は全然読めないんです。大切にしていた存在が離れていってしまいました」
言った途端、涙があふれ出た。センセイじゃなくてもいい。みんなが私を見る目の中に「お金」が見える。そんなの欲しいものじゃないのに。
泣いた。
泣いた。
溶けてなくなるくらい、泣いた。
「なるようにしか、なりませんよ」
泣きながら、顔を上げた。隣の草食系男子を見る。
――そうだね、なるようにしかならない。私がここで泣きながら溶けたとしても、世界はなにも変わらない。
ビールを飲みながら、涙を乾かした。なにも言わずに話を聞いてくれる存在があるだけで安らいだ。
「水が欲しいです」
酔っぱらっていい気分になっていたら、草食系男子が言った気がした。
“奢れってこと?”と思いながら立ち上がって、自動販売機でミネラルウォーターを買った。振り向くと、草食系男子は消えていた。
ミネラルウォーターを持って帰宅した。玄関のドアを開けると、足元に鉢植えのサボテンが転がっていた。手のひらに乗るサイズのミニサボテン。下駄箱の上に置きっぱなしにしていたのが、転がり落ちたのだ。
手に取ってみると、カラカラに干からびて茶色くなっていた。
「あなただったの」
と言いながら、干からびたサボテンの上からミネラルウォーターをたっぷりと注いだ。
了
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