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老いと尊厳と
高知は山が多い県だ。こんなところにも人が住んでいるの?と感心するくらい、山に張りつくように人家が建っている。
過疎、高齢化、限界集落、、、人より野生の動物の天下みたいな地域が目立つ。
そんなポツンと一軒家みたいな山のお家から彼はやってきた。すでに奥さんは他界され、独り暮しをしていたが、癌が見つかった。
高齢ということもあり手術の適応はなくて、抗癌剤治療をしていた。でも、抗癌剤が体に負担になりあっさりと中止、緩和ケア病棟にやってきた。
本当はお山に帰りたかった彼。でも、県外に住む息子さんの父親を心配する思いに応え、病院にいることを決めた。
☆☆☆
街に住む者は、「山は不便やろうし、子供に心配させんように、病院(や施設)に入ったらいい」と簡単に口にする。
心配と言いながら無意識に管理下、監視下に置いている。親への愛情だけでなく、利己的打算もあるように感じる。でも、他人の家のことに口出しはできない。
親も子供の気持ちに逆らえない。年を取ると迷惑をかけたらあかんと思うのだろう。
長年住み慣れた山のお家。大学病院から転院してきた彼は外泊を希望した。
「薪で沸かした風呂に入りたい」
叶えてあげたい最期のわがままだった。でもあまりにも山奥で、彼の体力うんぬんというよりも、丸1日、彼のためだけにスタッフを出すことが無理だった。
あたしの家にも五右衛門風呂があった。あのお風呂に親しんでいたら、蛇口を捻って出るお湯のお風呂はなんとも味気ない。温もりが違う。ぽかぽかと体の芯から温もる。
病棟の小綺麗な浴槽に浸かる彼。寡黙な彼はじっと目を閉じて、長いこと浸かっていた。
☆☆☆
あなたの夢叶えます!みたいなテレビ番組がある。難病の子が憧れの人に会って感動している場面を見たことがある。
素直に喜んでいるので、それはそれでいいと思う。ただ、現実はそんなに甘くない。夢がすべて叶うとは限らない。
彼のささやかな夢は叶えられなかった。それでも、少しでも彼が心地よく過ごせるようにスタッフは努力した。
五右衛門風呂は叶わなかった。でも、最期の最後まで自分の足でトイレに行く、その夢は叶えることができた。
転倒のリスクもあった。転倒すれば骨折するかもしれない。リスクと父親の最期の希望を電話で息子さんに伝えた。
特別室にいた彼。部屋が広いので、トイレが少し遠かった。ベッドの位置を変え、手摺を設け、ナースコールの指導をした。
行きはよいよい、帰りは~ではないが、力を使い果たした彼はトイレから戻れない。用意された車椅子にちょこんと座って、「すまんのう」と頭を下げた。
何度か彼の「すまんのう」を聞いたある朝、「もう、これでしまいや」と口にした。亡くなる3日前だった。トイレから戻った彼は、紙パンツを履いた。
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行く秋や病み果て弱りオムツ嗚呼