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川の字になって
「お父さん、仕事に行ってくるき」
ふたりの娘さんが出勤していく。彼の父親は癌の末期で、緩和ケア病棟に入院していた。
娘さんが幼い頃に両親は離婚していた。どうやら父親である彼が浮気して、妻と子どもを捨てて、女性と一緒に居なくなり、その後、別れたらしい。
母親はすでに亡くなっており、娘さんたちは父親と連絡も取っていなかった。ところが、癌が見つかり、余命宣告された父親から急に連絡が入ってきたそうだ。
「父が入院している間は面倒みます。でも、最期の看取りもしませんし、死んでも遺体は引き取りません。」
すでに戸籍上は他人、彼は生活保護を受けていた。いくら癌の末期、可哀想な立場でも、それとこれとは別と言うのがふたりの言い分だった。
冷たい娘や、と陰で言うスタッフもいたが、本当にそうだろうか。テレビドラマのような綺麗事で終わる方が少ないだろうし、これが現実だ。
☆☆☆
独りで死んでいくのが怖い父親の彼。会いに来てくれたし、夜はいっしょに病室で過ごしてくれるので、ふたりの娘が看取ってくれると思っていたようだ。
「どうやらお父さん、思い違いしてるみたいやき、ちゃんと伝えてくれませんか」
娘さんたちの思いを伝えられた彼は憤慨していた。でも、人生、そんなに自分にばっかり都合よくもいかない。自業自得という言葉は好きではないが、自業自得って本当にあるんやなと思った。
ギクシャクした時期もあったけれど、そこは大人なふたりの娘さん。いつもの通り、朝は病棟から出勤し、夕方は病棟に帰ってきた。父親とご飯を食べて、病棟の共有シャワーで汗を流し、簡易ベッドをくっつけて、親子で川の字になって寝た。
親子って、本当に不思議な結びつきだ。血縁関係があるんだし、実際に親子なんだけど、過去の苦くて辛い感情をいとも容易く棚上げして、親子になれる。いや、そんなに簡単なものではないだろう。
「余命が分かっちゅうからかな」
まだ食事も取れるし、自分でトイレにも行くことができる彼だが、余命は1ヶ月だった。ゴールが分かっているから親子でいられる、ふたりの娘さんは言った。
うちの医師の余命宣告はけっこう当たった。
看取りが近づき、寝たきりになると、休みを取ってふたりの娘さんは父親に付き添った。必ずどちらかの娘さんが側にいたので、もしかしたら気持ちが変わったのかしら。真意を確認することにした。
「変わってませんよ」
彼の呼吸が浅く、不規則になった。ふたりの娘さんは「ホールにいます」と言って、部屋から出ていった。
看護師に看取られて、彼は逝った。ふたりの娘さんを呼び、医師が死亡確認を行った。
「お世話になりました」とスタッフに挨拶をしてふたりの娘さんは病院を後にした。
翌日、市の職員が彼を引き取りに来た。
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川の字で寝る子の汗も抱きしめる