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入院も退院も表から


病院で亡くなると、多くの病院が裏口からの退院を今でもしているのかしら。

あたしが勤めた病院の大半が裏口からの帰宅でして、いつも違和感を感じ、寂しい思いをしたものです。

病院は治療して、完治して、元気に退院していく場所でないといけないのかしら?でも、緩和ケア病棟にやってくる人たちは、大半が亡くなることを前提に入院してきます。

☆☆☆

「絶対におかしいよね」

ナースステーションに女医が愚痴りにやって来ました。彼女は緩和ケア専門の医師です。病院内では「お嬢様」的な存在で、わがままだし、意地悪だし、、、でも、憎めない存在でした。

何よりも患者さん第一なところ、すぐに泣くくらい情が深いところが魅力のお嬢様です。

医局会議で、亡くなった方を表玄関から退院してもらうことを議題に提出、でも、今回も却下されたらしく、「ねえねえ、聞いてよ」と看護師にすり寄ってくる。

捕まると仕事に支障が出るが、相手にせずに放置すると余計にすねるお嬢様です。まずは機嫌を取るためにスタッフを侍らせ、徐々に救出作戦です。

然り気無くその場から離れたわたし、受持ち患者さんの部屋からナースコールを押させてもらいます。

「ちょっと手を貸してもらえますか~」

ナースコールは無視厳禁です。お嬢様先生に丁重にお断りをして、一人脱出。そこからは「人手がいるから、あんたも手伝って!」と芋づる式に脱出です。

悟ったのかどうかは不明ですが、「忙しそうなので、また来るね」とお嬢様は去っていきました。

手伝わないかって?お嬢様は医師にしか出来ないことのみする!そんな主義でした。


かりなくや亡き両親ともだの膳


表玄関から入院して、表玄関から退院する、それを実現したい!という想いは看護師にもありました。

そこで部会で諮り、家族さんの同意を取ったうえで、試しに強行突破してみよう!ということになりました。

看護部からの申し出にお嬢様も大喜びです。さっそく段取りをしました。

最初、ご家族も驚いた表情をしていました。でも、考えてみたら、大切な家族を見せたらダメな存在みたいに、隠すようにして病院を去るのもおかしな話です。

家族はすぐに納得しました。ところが、葬儀業者は理解できないのか、何度も聞き返してきます。

「表玄関に車両を停めていいのですか?裏と間違っていませんか?」

夜中に亡くなられた彼、朝になってお風呂に入って綺麗にしてもらい、ご家族の用意した衣装に着替えました。

玄関で待機していたスタッフから連絡が入ります。葬儀やさんが到着です。これが普通!みたいな態度でストレッチャーを押してくる葬儀やさん。

病室で最期のお別れをします。

ご遺体を載せたストレッチャー、上から白い布団を掛けてあります。ご家族と受け持ちの看護師はエレベーターを使用し、それ以外は階段で6階からダッシュです。

病棟に残るスタッフが院長や看護部長に連絡します。「表玄関ですよ!」と。

動揺を顔には出さない、堂々たる院長に看護部長です。さも、いつも表玄関からお見送りしているみたいな余裕までかましています。

スタッフ一同、すべての車両が視界から見えなくなるまで頭を下げて、静かに元の姿勢に戻りました。

「院長、良かったですね~」

☆☆☆

人は死んだら、死体とか遺体、亡骸など呼び名が変わります。たとえ看護師でも、初めて失くなった人に接したときは驚いて、ナースステーションに走り込んでくる人もいます。

でも、たとえ亡くなっていても、亡くなったからと云って何にも変わりません。その人の尊い人格はそのまんまです。

ただ、息をしたり、心臓を動かしたり、精神活動することを止めただけです。

亡くなった方に敬意を払って接していると、その姿を見た人たちも敬意を払います。外来患者さんからの苦情もなく、それどころか、礼をしてくれたり、一緒になってお見送りをしてくれる人もいました。

その後、亡くなられた方を表玄関からお見送りすることは普通になりました。


「亡き母の遺骨と七年秋燕あきつばめ