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鉛筆型のキーファインダー



あたしの受け持ち患者さん、毎日、緩和ケア病棟から自宅へ戻り、好きな木工作りにいそしんでいました。

手先の器用な彼、ただ癌の終末期はなかなか大作には挑めないようで、小さな作品を作っていました。

それは鉛筆のかたちをしたキーファインダーでした。

手触りのいい木の枝を3センチほどにカットして、先を鉛筆みたいに削り、反対側に穴を開けて紐を通してあり、サイドは薄く削って名前が書けるようにしていました。

☆☆☆

「じゃあ、行ってきます」

他の病院から緩和ケア病棟に転院した初日、妻の運転で自宅へ戻りました。抗癌剤治療をしていた彼は外出が許可されず、治療が出来なくなった今、やっとのことで我が家に帰る許可がおりました。

本来、入院したときはじっくりと話がしたいものですが、転院を決めた理由が外出できることだった彼です。呼び止めることは出来ません。

毎日、自宅に戻って夕方まで過ごす。点滴は病棟に戻って夜にやる。ほぼ不在の患者さんです。寂しいよう~。

「気をつけてね~」

ほどよく疲れて帰ると、お風呂が用意されています。それから点滴ですが、直ぐに寝オチするので、こっそり抜針していました。

作品ができると「みんなにやってや」とキーファインダーを託されます。病棟スタッフに配っても余ります。

御用聞きとなり他部署をまわって、みんなに配りました。気がつけばほとんどの人が彼のお手製の鉛筆型キーファインダーをぶら下げていました。


野分立のわきたつ鉛筆なめなめ暇つぶし


あれからもう7年、いやもっとかな、年月が経ちました。わたしのキーには彼の鉛筆型のキーファインダーがぶら下がっています。

毎日指が触れるので、あたしの手の脂でテカテカと輝いています。

「毎日、家に出勤して。おかしかったね~」彼の死後、奥さんと笑いながら話したことが思い出されます。

人は亡くなっても、誰かの記憶のなかで生き続けます。本当の死は、自分のことを覚えていてくれている人が死んだときなのかも知れません。


「颱風にサンバ踊るや庭の木々」


颱風で葉っぱも落ちてしまった桜の木です。
えっ?見えない?
かもね、かもね、そ~うかもね~