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日本語教師に求められる文法知識とは?

先日、日本語教師養成講座で、文法の講義のあと、「先生の話は分かりました、でも、教えるのは難しいですね。」というコメントをいただきました。肯定的には、母語話者であっても説明するのが難しい、穿った見方をすれば、日本語教育文法を一通り学んでも、教えられそうだという気持ちを持てないということでもあるとも言えそうです。

なぜこのような問題が起きているのか?ー日本語教師に求められる資質・能力

このような問題の背景には、日本語教師養成講座における理論系科目の指導内容が具体的に示されていないことにあると思います。そのため、具体的な指導内容は教育機関に一任され、日本語教師になるために、何を学ぶべきかというコンセンサスがない状態に陥っています。

例えば、2019年に文化審議会国語分科会が出した「日本語教育人材の養成・研修の在り方について」をみてみましょう(URL: https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kokugo/kokugo/kokugo_70/pdf/r1414272_04.pdf)。
養成の段階では、基本的な資質能力として「日本語を正確に理解し的確に運用できる能力(p.22)」が、専門家としての日本語教師に求められる資質・能力として「日本語だけでなく多様な言語や文化に対して、深い関心と鋭い感覚を有していること(同上)」が挙げられています。
さらに、日本語教師【養成】に求められる資質・能力としては「知識」の中で「日本語の構造に関する知識(p.24)」が挙げられています。

つまり、この部分だけをみても、「正確な」日本語の知識を身につけることよりもむしろ、言語に対して分析的な見方をすることや学習者の誤用や疑問に対して共感的に反応し、それに対して説明を加えることができるようなものが目指されているようです。

さらに読み進めると、教育内容の「14日本語の構造」で「日本語そのものに関する知識を学習者に正確に伝えるために、日本語を分析的に捉える方法を理解し,言語教育的な観点から多面的に整理された日本語に関する知識を体系的に身に付ける」とされています。そして、その横には日本語教育のための「日本語分析」や「音韻・音声体系」と題される項目が7つ示されています(p.43)。

このように知識は実際の運用に関わらせながら学ぶものとして示されてはいます。但し、具体的な学習内容としては明示されていません。

日本語教育のための〇〇とは?

ところで、日本語教育のための●●とはいったい何を指しているのでしょうか。文法を例にとって考えてみても、
・学習者に正確に伝えるために
   →類似表現の差異に関する知識を理解する?
・日本語を分析的に捉える方法を理解する
 →用例から規則性を見つけ出す?
・言語教育的な観点から多面的に整理された日本語に関する知識
 
という風に考えられます。

その実、「日本語教育の」という枕詞は、単なる知識獲得ではいけないというはっきりとしたメッセージを伝えており、それ自体は首肯できるものです。一方で、日本語教師に求められる基本的な「資質」・「能力」を具体的な「教育内容」として示した時に乖離が生じていることも否定できないと思います。この背景には、具体的な「教育方法」について私たちはまだ十分な蓄積がないことが強く影響しているものと見られます。

日本語教師が文法を教えるための教育に向けて

このように日本語教師養成講座での日本語文法の取り扱いには改善の余地があると思います。確かに、大学での専門教育では網羅的に扱うことがゼミや卒業論文ので研究活動に関与してくるわけですから、深く広く学ぶことが望ましいでしょう。一方で、養成講座はある種、即戦力として実務能力としての日本語教育文法の知識が必要です。
小さな取り組みではありますが、私が授業を行う際には必ず多くの例文を提示し、使い分けや意味の差異に「気付ける」ということを重視しています。その上で、授業でお伝えした内容をもとに説明ができるようになることを目指しています。
学習者の日本語に耳を傾け、学び続ける教師の育成のために、まずは一歩を踏み出せるようにしつつ、日本語と関わる姿勢を養う教育のあり方を今後も検討していきたいと思います。