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「カッコいい」を思い出させてくれる場所。SNOW SHOVELING BOOKS & DIALOGUE

お洒落な人、センスのある人に、やっぱり憧れてしまう。
彼らが身にまとう服、足を運ぶお店、聴く音楽や観る映画。選ぶもの一つ一つが、特別なオーラをまとっているように見える。
それに比べて自分は、感性もアンテナも凡庸そのもの。
彼らとの違いは、どこにあるのだろうか。どうしたら、彼らのようになれるだろうか。 
そんな問いにヒントをくれたのは、東京は世田谷に店を構える、とんでもなく”洒落た”本屋だった。

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季節は、夏から秋へと移ろう頃。
休日の駒沢公園には多くの人が集まっていた。

事前情報もなしに、SNOW SHOVELINGまでたどり着くのは至難の業だ。
東急田園都市線の駒澤大学駅を降りて、玉川通りを二子玉のほうへと歩く。公園通りを左に曲がったら、そこから駒沢通りと鉢合わせる交差点に至るまで、ひたすら直進し続ける。
店舗の入り口は洋菓子店の入ったビルの、小路に面した駐車場のさらに奥、小さな階段を上った先にある。GoogleMapを相棒に歩いたとしても、注意深く観察しないと見落としてしまうくらいに、周囲の景観に溶け込んでいる。

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ドアにDoorsの1stアルバムのジャケットが。
この時点で、静かな高揚感がむくむくと湧いてくる。けれど、そのドアを叩くには心の準備がまだだった。
大学時代、サークル棟の部室入口も確かこんな感じだった気がする。結局どこにも馴染めずフェードアウトした自分にとっては、結構ハードルが高い。
2分ほど呼吸を整えたのち、一息でドアを押した。

その先には、秘密基地があった。

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泥棒集団のアジトだとか、便利屋のオフィスとか言われても納得してしまう。90年代インディー映画の世界に入り込んだような気分だった。
心なしか鼻孔が拡がっていたのは、直前に深呼吸をしたせいだけじゃないはずだ。
夢見心地で魅入っていると店主と思しき男性から一言、「すみません、手の消毒をお願いします」とお願いされた。
いつか観たフィルムの世界から、一気に現実の2021年に引き戻された。

「SNOW SHOVELING」という店名は、村上春樹の小説『ダンス・ダンス・ダンス』内の一節からとられている。
本作において、主人公であるフリーライターの男性は自分の仕事が社会的に大した意味を持たないことを悟りながらも、その行為がいつかどこかの誰かにとって役に立つ、そう信じて自分の仕事を精一杯こなしていく。そうした姿勢を村上春樹は「文化的雪かき」という言葉で表現してみせた。


店主の中村秀一さんは、以前Webメディアのインタビューでこう語っている。

本屋は斜陽産業と言われて久しい。儲からないし誰もやりたがらない仕事のひとつではないでしょうか。でも街には本屋があったほうがいい。すでに多くの街の本屋が潰れていって、これからも淘汰は進むと思います。本はプロダクトとして価値が上がり、インフォメーションは電子化される。もはやされていますがさらに加速すると。とくに今はモノ消費からコト消費の時代。僕は「ヒト・モノ・コト」との出会いを楽しめる場所としてSNOW SHOVELINGを営んでいます。 
引用:ILUCA magazine「“文化的雪かきというメタファー” 世田谷の個性派本屋『SNOW SHOVELING』店主 中村秀一」より

誰もやりたがらないけど、誰かがやらなきゃいけない。
でも、どうせやるんなら、徹底的におもしろく、自由にやろう。

店内の細部に至るまで、そんな哲学が浸透しているように感じられた。

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置かれている本について一言でいえば、「シティボーイの本棚」。
アメリカ文学を中心とした小説、映画、絵画、写真、アート関係の書籍がメインで、そのうち2割から3割くらいが洋書。他には映画のパンフレット、CDやレコード、さらにはTシャツなんかも販売している。
本の置き方も、普通に本棚に収められているものもあれば、平積み、横積み、上積みとさまざま。

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書架のデザインも遊び心たっぷりで、鳥かごに閉じ込められた『かもめのジョナサン』や『トレインスポッティング』的メッセージを添えた”フォーチュン割りばし”まで、分かる人はついクスっとなってしまう小ネタ(中村さん曰く「マスターベーション」)が、随所に散りばめられている。

一通り店内を見まわしたのち、部屋の真ん中にあるソファーに腰を下ろした。
しかしまあ、来る人来る人、揃いも揃ってお洒落だ。
スケボーで通勤していそうなお兄さんがパンフレットを物色し、読モでもやっていそうな女の子が写真を撮っている。僕のすぐ近くでは『POPEYE』のスナップから飛び出してきたような2人組が、聞いたこともない写真家の作品集がないか尋ねている。
なんだか、自分は場違いなところへ来てしまったんじゃないかと不安になってきた。
なにもかもがイケてる空間、ただ俺一人がダサい。
ワックスを初めて使った高校生みたいな髪型。
水彩画に垂らしたインキのように場違いで。上等なウイスキーをハイボールで飲むように無粋だ。
……嘆いていても仕方ないか。

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それよりも、ここまで精緻に世界観を統一させた書架がどのように作られているのか、そこに俄然興味がわいた。
パソコンで作業をしていた中村さんに声をかける。
「ここにある古書って、全部お客さんが持ってきたものなんですか?」
どうやら、専門の取次業者がいて、古書はもっぱらそこから買っているのだそう。
知らなかったと言うと、「ああ、それくらいならちょっと調べればすぐ出てきますよ~」と中村さん。どこまで野暮なのだ、俺は。
それから、趣味で文章を書いていること、この店をテーマに書きたいので許可をとってもいいか、といったことを話した。
記事のほうはあっさり快諾。
「『勝手にしやがれ』ってわけではないんですけど、ウチは好き勝手にやってOK、ってスタンスなんで」と、書く方としてはこれ以上ないくらいの後押しまでいただいた。
その後、「BOOKSHOP TRAVELLER」の和氣さんの本がきっかけでこの店を知ったことなんかも話し、会話もけっこう弾んできた。

せっかくの機会だ、話してみようか。
僕は、本屋を文章で紹介するという試みを行うにあたって、抱えていた悩みを吐き出すことにした。
「勇気を出して始めたはいいんですけど。毎回毎回、店主の方に話しかけるのって、やっぱり気が引けるんです。 人によっては迷惑に感じるかもしれないし、万が一自分の記事でお店を毀損することになったらと思うと、不安で仕方ないんです」
そんな感じのことを語ったと思う。
一通り話し終えたのち、一拍間をおいて、中村さんは柔らかな口調で答えた。
「うーん、ガンガンいけばいいんじゃないですか。礼儀と図々しさは紙一重なんで。 失礼なのはダメですけど、恭しくいけばいいもんでもないし。その辺の塩梅をいい感じで探してみたらいいんじゃないですか」
「とにかくまあ、好き勝手、楽しんでやるのがいいと思いますよ」


なるほど。
体裁を気にして踏み出さないままだと、いつまでも大きな変化は起こせない。
とはいえ、自分の都合だけを考えて動いていたら、いずれは周囲の信頼を失うことにつながり、気が付いたころには側に誰も寄り付かなくなる。
両端から両端へ。進む道を二者択一で選ぶのではなく、両者の間を行き来しつつベストなポジションをとる。
センスとかお洒落さとかっていうのは恐らく、その辺のバランスをいかに上手くとれるか、ってことなんじゃないだろうか。

だとすれば、その進路を導く羅針盤とはなにか。

憧憬のなかに、合理性は割って入ってこれない。
僕らが、誰かや何かを見て「ああ、かっこいいな」「こんなふうになれたら素敵だな」と憧れの感情を抱くとき、そこには理由や打算なんかどこにもない。ただ、胸のどこからか湧き上がってくる衝動だけが、リアルな存在として内に感じられる。
まだ幼い時、僕らはその衝動に正直でいたはずだ。でも、年を取って大人になるにつれ、周囲の目とか世間体なんかを気にして、本心を建前のヴェールで覆い隠すようになった。

それじゃあダメなんだ。
真にクールでいるためには、自分の感覚に素直じゃなきゃいけない。
周りからバカにされようと、時代遅れと揶揄されようと、自分がいいと思ったものはいいんだと、胸を張って世界に表明すればいい。

最高にお洒落で、自由で、クールな本屋が、きっと背中を押してくれるはずだ。

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SNOW SHOVELINGでは、自ら書籍を出版したり、会員制での読書会を開いたりなど、本にかかわる様々な体験のあり方を掘り広げている。
「Blind Date with a Book」も、その一つだ。
茶色の封筒にくるまれた文庫本は、本の名前も作者も、カバーデザインも分からない。
与えられた情報はただ1つ。封筒の表面に書かれた、短いキャッチコピーだけ。

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僕も僕自身のグルーヴに任せて、1冊持って帰ることにした。
中身?聞くだけ野暮ってものさ。

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訪れた本屋


買った本


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