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【日記】映画『차별 チャビョル 差別』を見る

 チマチョゴリを切られた少女が舞台の上の白紙に墨汁を叩きつけながら叫び、くずれおちる。差別、嘲り、暴力、無関心、みんな消えてなくなれ!

 朝鮮学校無償化訴訟を追ったドキュメンタリー映画『차별 チャビョル差別』(キム・ジウン、キム・ドヒ監督 2021年)を、上映最終日に大阪・十三のシアターセブンで見た。東京、名古屋、大阪、広島、福岡、全国5か所の朝鮮学校と生徒たちが起した裁判は高裁での「除外の適法」が確定した。その連敗の記録はそのままこの国の「あったことをなかったことにする」盲目の歴史観そのものの姿であり、政治と司法の根腐れであり、道徳(モラル)の墜落であり、その冷徹な足元で生徒たちは歯を食いしばり、涙をぬぐう。

 不当判決の垂れ幕の前でうなだれるかれらに一人のコリアン女性が叫ぶ。「これは間違った裁判だ。あなたたちが否定されたわけじゃない。分かってくれる人たちもいる。だから今日はみんな、正々堂々と胸を張って帰って下さい」 判決はたんに学校の無償化を退けるだけではない。存在を否定するのだ。日本で朝鮮人として生きる尊厳(Dignity)を否定される。否定される側にならなければそうしたことには気づかないのもまた、この国の末期的現状である。

 画面に登場するのは、ごく少数の日本人活動家や弁護士を覗けば、ほとんど在日コリアンの母であったり生徒であったり卒業生であったりする当事者ばかりだ。チマチョゴリ芝居の少女役であり大阪朝鮮学校の生徒でもあった劇団タルオルムの女優カン・ハナさんの紹介テロップには“『映画・鬼郷』のヒロイン役”と記されていたが、ほとんどの日本人は日本軍慰安婦を描いた韓国の『映画・鬼郷』のことなど知りもしないだろう。

 じっさいに森達也監督の『福田村事件』が全国の映画館で上映されているのに比して、この『차별 チャビョル差別』の上映館は少ない。関東大震災後の戒厳令下で朝鮮人と間違われて殺された被差別民の行商人というのはぎりぎりのセーフ・ラインで、テレビ出身の森監督はその計算も見えていたのではないかという邪推すら、つい浮かんでしまう。ストレートに朝鮮人差別を描いたものはこの国では忌避される。

 パレスチナの民が長年“天井のない牢獄”に押し込められているのが欧米列強の歴史的責任であるのとおなじように、日本に多くの朝鮮人が暮らしているのもこの国の歴史的責任に由来する。その歴史と向き合うのであれば過去を謝罪し、歴史に学び、現在に報いるのが人の道であろう。ところがこの国はあった過去をなかったものにして、なかったものにするために国内に残った朝鮮人の人びとを、その歴史を、言語を、文化を、尊厳を否定し続けてきた。

 在日コリアンたちが除外されているのは学校無償化だけではない。幼児教育・保育の無償化も除外され、通学定期の割引額すら異なり、さまざまな教育助成や資格取得にもハードルが設けられ、最近ではコロナ禍の支援給付金も対象外とされた。映画では日本の朝鮮学校や朝鮮大学は学校として認可されていないので、弁護士の資格を取るためには朝鮮大学と並行して日本の大学にも通わなくてはならず時間もお金も倍以上かかると語る在日コリアンの若い弁護士が登場する。

 国際人権規約委員会が国際人権規約27条の「自己の文化を享有し、自己の宗教を信仰しかつ実践し又は自己の言語を使用する権利」について何度となく是正勧告を出しても、日本政府職員の答弁はのらりくらりとにべもない。国家が過去の歴史を否定しているのだから、政府職員はその態度を正しく踏襲しなくてはならないわけだ。アイヒマンの「悪の凡庸さ」さながらに。くりかえすが政治によって司法によって否定されるのは存在であり、生きる尊厳である。

 最終日の祝日であったけれど、大阪・十三シアターセブンの座席にすわったのはわずか十数人ほどだった。残念ながら、この秀逸なドキュメンタリー映画が現在の日本に於いて、多くの日本人の目に触れることはないだろう。「見られることのない映画」であるまさにそのことに、この作品が現在の日本に穿たれた楔(くさび)である意味がある。

 「差別、嘲り、暴力、無関心、みんな消えてなくなれ!」と人知れず叫ぶガザの人々の永遠とも思われる否定の上に欧米先進国の日常の秩序があったように、在日コリアンたちへの戦前の植民地時代から連綿とつづく否定の上にわたしたち日本人の日常の秩序があり続けたきたのだし、それはいまもなお、あり続けている。

 不当判決を出した裁判所の前で思わず「いつかおまえたちにも、おなじ目にあわせてやるからな! 覚えておけよ、この糞野郎!」と叫び続けていた男の声がいまも聴こえてくる。


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