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拝啓 船山貴之様

その男は、約500万円の移籍金でやって来た。
その男は、決定力不足とサポーターから笑われていた。
そしてその”漢”は、ジェフのキングとしてクラブ歴代最多得点を記録した。

ジェフユナイテッド市原・千葉のアドベントカレンダー2021(https://adventar.org/calendars/6852)の記事です

■移籍金 約500万円の男

サッカー・J2リーグに所属するジェフユナイテッド市原・千葉は、2016シーズンに向けて「レボリューション」と呼ばれる大幅な選手入れ替えを行った。

24名もの選手がチームを去り、レンタルバックの選手を除いて19名の選手が新たに加入した。その内、18名は移籍金の発生しない「0円」で獲得した選手であり、新任の高橋悠太ゼネラルマネージャーはその成果を胸を張って報告した。

たった1名の例外。「約500万円の移籍金」でJ1リーグ所属の川崎フロンターレから獲得した選手が、船山貴之だった。

船山は千葉県成田市出身、柏レイソルの下部組織で育った。
高校3年生の時に柏レイソルの2種登録選手となり、進学先の流通経済大学ではJFL(日本フットボールリーグ)で4シーズンプレーして60試合20得点。

大学卒業後の2010シーズンからJ2栃木SCでプロキャリアをスタートさせ、J2松本山雅FCでは2012シーズンから3年間で42得点を記録。

活躍が認められ、川崎フロンターレに個人昇格を果たすも、同ポジションで憧れの存在でもあった大久保嘉人が3年連続得点王となる23得点を記録する一方、船山は公式戦28試合無得点と深刻な決定力不足に陥っていた。

■決定力不足の男

プロ初となるJ1でのプレーがたった1年で終わった船山。
さらに移籍先のジェフは選手の総入れ替えというリセットボタンが押された状態であり、船山自身もこのように話していた。

「一からチームをつくるようなものなので。去年までやっていたベースがなくなってしまう。それを一から教えないといけないという大変さはあると思う。それができるのは時間がかかりますし……」

https://web.gekisaka.jp/news/detail/?181282-181282-fl

ただ得点を決めれば良いわけではない。
船山は「新たなチームを作る」という目標を持って、ジェフ入りを決断した。

しかし、2016シーズンのジェフは前半戦8勝6分7敗と勝ちきれない日々を過ごしていた。新造のチームは連携を欠き、中でも批判を浴びたのが21試合すべてに出場してわずか2得点の船山だった。

チャンスには絡めているのに、ボールが枠に飛ばない。
いつしかジェフサポーターは船山を「決定力不足」だと笑った。
実際、船山のPlaying Style指標(DataStadium)は決定力が2年連続で「1点(20点満点)」。FW登録の選手としては前代未聞の呪いにかかっていた。

結局、25節に関塚隆監督が解任され、2016シーズンのジェフはJ2降格後ワーストの11位。チームを作り直すどころか、オナイウ阿道と井出遥也という有望な若手がクラブを去り、何度目かもわからぬ「新たなチーム作り」を目指すこととなる。

船山自身は全試合出場を達成。42試合5得点9アシストという数字は残したが、終盤はサイドハーフとしての起用が目立った。

■成田の漢

2017シーズン、新監督にフアン・エスナイデルが就任。「ハイライン&ハイプレス」という攻撃的なスタイルを目指すこととなる。
また、エスナイデルと同じアルゼンチン出身であり、欧州で実績十分なFWホアキン・ラリベイを獲得。前年に11得点を記録した町田也真人もいるため、船山をベンチに予想するメディアもあった。

実際、船山はラリベイが稼働するまではツートップの一角として起用されたものの、第8節までPKによる1得点のみと結果を残せず、ラリベイがワントップに固定されてからは再びサイドハーフに。秋からはベンチを温める機会も増えた。

それでも船山は決して腐ることなく準備を続けていた。牙を研ぎ続けていた。

第37節の古巣・松本山雅FC戦。ジェフ移籍後初めて4-2-3-1の「トップ下」で起用されると、猛烈なハイプレスで守備を安定させ、攻撃では持ち前の運動量と技術の高さで2アシストの活躍を見せた。

プレーオフ圏内を目指して負ければ終わりの戦いが続く中、船山はトップ下として覚醒した。
福岡・大分との九州アウェイ2連戦、さらにホーム町田戦で3試合連続決勝点。シーズン7得点にジェフサポーターは「成田の漢」と彼を称え、船山は「俺、そんなに“成田”を強調してるわけじゃないし」と恥ずかしがった。

―― あれ、好きなんですよね。思わず歌いたくなる。というか、自宅で口ずさんだりする。

船山 なんで?(笑)

―― 気持ちいいじゃないですか。

船山 いや、恥ずかしいでしょ。

―― 恥ずかしい?

船山 だって、俺、そんなに“成田”を強調してるわけじゃないし。

―― そんなに照れなくても(笑)。

船山 いやいや、恥ずかしいでしょ(笑)。

https://jefunited.co.jp/fan/talk/vol31/page3.html

自動昇格を争っていたアウェイ名古屋戦でも船山は攻守に躍動して1アシストを記録して3-0勝利に貢献。大一番となるリーグ最終節にも勝利したジェフはクラブ新記録となる7連勝を達成。プレーオフ進出となる6位でシーズンを終えた。

■ジェフのキングへ

トップ下という最適な居場所を見つけ、決定力不足という呪いを解いた船山貴之。ジェフは彼のチームへと変貌してく。

2018シーズン、14位と低迷したチームにあって孤軍奮闘。
自身キャリアハイとなる39試合19得点は、ジェフの歴代日本人選手でシーズン最多得点。シュート数・スルーパス数はチームトップでセットプレーのキッカーも任され、4アシストも記録。

第33節のホーム福岡戦では、ジェフ移籍後初となるハットトリックも達成した(自身キャリア4度目)。

時にハイプレスの起点となる最前線として、時に中盤ダイアモンドのゲームメーカーとして、時に両サイドの馬車馬として、攻守で献身的な活躍を見せる船山は「ジェフの王様」だった。

翌2019シーズンも船山は35試合12得点3アシストとエースの働き。ジェフにとって令和最初のゴールも決めた。

しかし、J1では「ハイライン&ハイプレス」の横浜F・マリノスが頂点に立つ一方、同じ戦術を志すはずのジェフはクラブ史上最低となる17位。J2で10年目のシーズンを終えた。
気付けばチーム再建を託されたエスナイデルは解任され、後任の江尻篤彦もチームにポジティブな変化を与えられないままクラブを去った。

2020シーズンは鈴木健仁がゼネラルマネージャーに、尹晶煥がジェフの新監督に就任。チームの副キャプテンを務める船山にとっては3度目のチーム再建が始まった。

システムが4-4-2に変わり、船山の主戦場となっていたトップ下のポジションがなくなったことで得点に絡む機会は減少したが35試合3得点3アシスト。
史上46人目となるJ2通算300試合出場も達成した。チームは14位だった。

■突然の別れ

2021シーズン、船山は38試合8得点2アシストの活躍。
ジェフ通算ではクラブ歴代7位となる227試合に出場した。
出場時間はやや減少したものの、シーズン途中に3-4-2-1にシステムが変更され、ツーシャドーの役割が与えられたことで得点数が向上した。

ジェフで決めた54得点は元韓国代表のエース・崔龍洙と並びクラブ史上最多タイ。さらにホーム・フクアリでの史上最多得点者となった。
チームは終盤13試合無敗(8勝5分)と好調で、来季に向けて明るい雰囲気に包まれていた。

しかし、シーズン最終戦前に発表されたのは衝撃の契約満了発表だった。

この度、来季の契約を結ばないこととなり契約満了となりました。
まず昇格という目標を達成できず、力不足で申し訳ないです。
そして、ジェフユナイテッド市原・千葉の船山貴之を好きな方も嫌いな方もいたと思いますが、応援してくれてありがとうございました。

こんな形でチームを去るとは1ミリも思っていなかったので心が苦しいです。ファン、サポーターのみなさんの前で挨拶もできず申し訳ないです。
でも、こんな無愛想な船山貴之を受け入れて、応援してくれて嬉しかったです。ファン、サポーターの中で少しでも船山貴之を応援してよかったって思ってくれていたら嬉しいです。

まだまだ船山貴之はピッチに立っていたいので、ちょっとでもいいので応援宜しくお願いします。
6年間本当に本当に本当にありがとうございました。    船山貴之

https://jefunited.co.jp/news/2021/12/top/163857540015124.html

約500万円の移籍金でジェフにやってきた男は、「決定力不足」と笑われながらも献身的なプレーを続け、やがてジェフの王様になった。

この6年間で船山貴之がジェフがもたらしたものは、54のゴールだけでなく、献身的にチームのために走る姿であり、常に全力で戦う姿勢だった。

彼がジェフに加入する際の「新しいチームを作る」という目標は、右肩上がりのチーム状況を考えると達成できたのではないだろうか。
それくらい今のジェフに停滞感はなく、来季はJ1昇格という悲願達成のためにジェフの選手たちは戦ってくれるだろう。

ただ、そこに船山貴之の姿はない。

■拝啓 船山貴之様

拝啓 師走の候 ますますご健勝のことと存じます。

ジェフユナイテッド千葉で過ごした6シーズン、本当にお疲れ様でした。
加入当初、まさかクラブのレジェンドである崔龍洙氏が持つ歴代最多得点記録に並ぶとは思っておらず、得点を決めるための不断の努力に尊敬の気持ちしかありません。

センターフォワードのスペシャリストだった崔龍洙氏と違い、貴方は様々なポジション・役割を任されていました。得点を決めることだけに集中するのでなく、多くのアシスト・フリーラン・ハイプレスと多大なる貢献をクラブに残してくれました。6年間、一度も怪我で離脱することがなかったことにはただただ頭が下がります。

エスナイデルや尹晶煥がクラブに来る前から、貴方は「戦う姿勢」を持っているプレーヤーであり、それをチーム全員に求めていた。
点を取られても前を向き、挽回するために全力で走る。全力で戦う。
「甘い」と呼ばれることが多いジェフの中で、貴方はとても眩しい存在で、だからこそ決して雄弁でなくても誰からも愛されたのだと思います。

これからも貴方の活躍を願っています。もしかしたら直接対戦するかも知れないですし、恩返し弾を決められるかも知れない。
それでも、6年間絶対にブレなかった貴方の「戦う姿勢」をジェフというクラブが血肉として、最後まで諦めずに戦ってくれるはずです。

クラブにとって一番しんどい時期、中心になって戦ってくれたのが船山貴之で良かった。船山貴之を応援することができて本当に楽しかった。
ピッチで見せる貴方のプレーは誰よりも雄弁でした。6年間本当に本当に本当にありがとうございました。

略儀ながら書中をもって御礼申し上げます。

敬具

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