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読み返したい本リスト

今から十年ほど前のことだった。私は、自殺未遂をした。それは職場で酷いパワハラに遭い、発達障害を抱えていることが判明しても上司がなにもせずに私を働かせたからで、私はそれに半ば抗議する形で、半ばやけっぱちになってオーヴァードーズを行ったのだった。そして三ヶ月間、私は無給のまま自宅待機をした。その頃に読んだ本が多く含まれている。

1. カミュ『ペスト』(新潮文庫)

カミュの『ペスト』をこの時期に読むというのは、いい選択だと思う。なによりも、平時に読んでも優れた作品だと思うからだ。この作品はもちろん災禍が広がる様をダイナミックに描いたそのドラマ性に注目して、手に汗を握りつつ読むのもいい。だが、手記という体裁を採っていることに注目するのも面白い。全てが終わったあとに書かれた手記。なら、誰が一体どんな地点から過去を見据えて、書き残しているか? これはきっと、コロナウイルスのこの騒ぎで生き延びる人たちができる模範的な行為のひとつであるはずだ。

2. グスタフ・ヤノーホ『カフカとの対話』(みすず書房)

ヤノーホのこの著作は、あのフランツ・カフカが官吏だった時代に彼の勤務先に行って交流を重ねたヤノーホ自身が書いた回想記。タイトルが示す通りどんな「対話」を行ったかが生々しく綴られている。そこで見られるカフカの、決して声高になにかを訴えるのではなく思慮深く、しかし言うべき時は言うべきことを語る姿勢に若き頃(二十歳?)の私は惹かれたのだった。こんな大人になれるものだろうか、と。今、カフカの享年を追い越してしまった。カフカの自制心と意志の強靭さに改めて鳥肌が立つのを感じてしまう。

3. 車谷長吉編『文士の意地』(上下巻 作品社)

自殺未遂をして、にっちもさっちもいかなくなった時に私がやったことは小説を書くことだった。鼻で笑われると思うが、小説を書いて一発逆転なんてことを夢見たのだ。そんな折にこの、日本文学の「業」ある作品を集めたアンソロジーと出くわした。読み通し、改めて日本には計り知れない「文学」の土壌があるのだと考えさせられた。このアンソロジー、読まないで過ごすこともできる。だが、ひとクセある車谷長吉という知性が編んだアンソロジーはこちらの安直な夢想を打ち砕き、そして慰撫するなにかを備えている。

4. 内田百閒『冥途・旅順入城式』(岩波文庫)

いや、なんなら内田百閒の小説やエッセイは押し並べてこの非常時にこそ読むべき、と言ってもいいかもしれない。ドイツ語の教師という立派な職がありながら、借金と空襲というダブルパンチで苦しんだ百閒。しかしそのダブルパンチをあたかも柳の木のごとく涼し気な顔でやり過ごして、呑気に貧乏生活を続けながら酒を一杯、なんて暮らし方をしたのだった。ビンボー。だけど幸せ。どこまで行ったって私が私だから……そんな百閒を慕う弟子たちのユーモラスな姿は、あるいは黒澤明『まあだだよ』で観ることもできる。

5. リルケ『マルテの手記』(光文社古典新訳文庫)

自宅で孤独で過ごすのは辛いこと。もちろん誰かと話すのは精神衛生上大事に決まっている。だけれども、誰かと話していても「あ、この人は違う」と孤独を感じられるなら、あなたにはまた別種の可能性がある。『マルテの手記』はマルテという詩人の卵がパリの街を彷徨し、そこで見聞きした記録を少年時代の甘美な記憶を交えつつ綴った心象風景のスケッチである。ただの小説とは違う。読み通すのが苦痛なら気が向いたページから読めばいい。死を見据え、それでも生者の美しさを描いた無視できないスケッチがここにある。

6. V・E・フランクル『夜と霧』(みすず書房)

これは、大学に居た時に読んだことがある。そして、自殺未遂をした時も「せっかくなのだから」「こんな先の見えない時はこの本が役に立つ」と信じて読んだ。人類最大の敵はもちろん私たちを迫害する人たち(この場合だとナチス)だが、それだけではない。敵は私たちの中にも居る。それは無気力や絶望という形を取って現れる。その「私たちの中の敵」とどう対処したらいいのか、この本は教えてくれる。ユーモアを持ち、己の中に規律と目標を作り、敵を見据えて耐え続ける。大丈夫。この本さえあればあなたも!

7. 神谷美恵子『生きがいについて』(みすず書房)

神谷美恵子、という聞き慣れない作家の本をなぜ読もうと思ったのか? 中島義道『哲学の教科書』の影響のせいかもしれない。どんな状況でも、人は「生きがい」があれば生きていける(が故に、その「生きがい」を搾取するブラック企業は断じて許しがたい)。その「生きがい」という哲学の俎上に乗せにくいものを乗せ、そして繊細な考察で分析し抜いた。「苦悩」という、誰もができたら避けては通りたいと思う要素をしかし、無意味なものではなく大事に扱うべきものだということに気づかせてくれる。

8. 小原雅俊編『文学の贈物――東中欧文学アンソロジー』(未知谷)

旅行にいけなくても、本を読めば旅ができる。しかも、時間を遡ることもできる。このアンソロジーはホロコースト(ヒトラーとスターリン!)を体験した東欧で生まれた文学を集めたアンソロジー。こういう考え方は危険ではあるのだが、「こんなに厳しい状況でも生き抜いた人がいたのだ」という事実に気づかせてくれる。厳しい状況だからこそ生まれた文学があり、人が生きていた記録が私たちを励ましてくれる……ということまで考えなくとも、フツーに面白いアンソロジーですよ。なので、この機会に是非!

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