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雑貨屋をはじめるきっかけ

2年半ほど前、父が病気になりました。当時年度末で仕事が一番忙しかったのですが、すべて投げ出して1週間ほど実家の沖縄へ帰りました。
帰ったその日のうちに父の入院手続きをし、翌日の朝、カフェで朝ごはんを食べながら母と話したのは、もちろん今後のこと。大学進学から17年、ずっと京都にいて、もう骨を埋めるつもりでいて、いつか結婚して落ち着いたら両親も京都に呼んで、沖縄へは帰らないはずでした。

というのが、ずっと放置していた2018年9月頃の下書き。
多分、今とは違う心境だったと思います。
2018年9月というと、私が沖縄に帰ってきて仮店舗を開設した月です。
その頃は、こういうお店をやります!といった「これからのこと」「目指す像」をnoteに綴っていってティーザーサイトとともにPRする予定でした。

でも、冒頭の冒頭でやめてるんですね。
おそらく、本開業した際に過去大口たたいていた「目指す像」と違ったらどうしようなんて思ったのでしょう。正直覚えていませんが、ビビった、あるいはなんか違うと思ったのは間違いないです(笑)
今は開業してちょうど一年になりました。今なら少し俯瞰して、いきさつを語るに説得力もついたのかな、と思います。

↟↟↟

きっかけはというと、冒頭の通りで
予期せぬタイミングで地元に帰らざるを得なくなったから
でももしまた普通に地元でOLをしたら将来的に介護離職が見えている。
普通に就職はできない。
まだまだバリバリ働きたいけど、
実家にずっといてストレス溜まるのも辛いなと思い、色々考えると
どうやったら経済的生産を行いながら来るべき時に備えられるか
というソフト面での課題が見えてきました。

そして、ハード面での課題としての「家」です。
我が家は祖父の家(空き家)と実家の2軒が敷地に建っていて、空き家の方は築60年を超えるボロ家。実家も2階建で介護には不向きという、最低でもリフォーム必至の状況でした。

じゃあ、建て替えると仮定して、これから長くやることになるので、
なるべく家でできて、私がストレスを溜めにくい、
できれば私らしい仕事とはなんだろう。

今までの学生時代のアルバイトから現在に至るまでの仕事をすべて振り返ると、
おおまかにこれらのキーワードがでてきました。
学芸員、雑貨、PR/広告、飲食、イベント
これらを全部生かしたらなんとも楽しそう。

家は固定なので場所ありき。
と、なると、お店か事務所ということになります。

märchをご存知な方であれば、そのキーワードのすべてがお店に入っているのが分かると思います。
雑貨と服、喫茶のそれぞれのお店に、POP UP専用スペース。

なので、私はお店をやりたかったわけではなく、
職歴と現況の最大公約数を模索した結果がお店という形なのでした。
特に、キーワードに共通するのは「コミュニケーション」。
そのアウトプットとしてお店というのは、最適解だったと思っています。

お店のコミュニケーションデザインのあり方みたいなことは前回触れました。お暇でしたら是非。


そして実は、職歴だけではないのです。
私は大学と大学院は環境・建設系。そして院を出て2年ほど、芸大でグラフィックデザイン(主にエディトリアルデザイン)を学びました。
店舗の設計に関わることから、ヴィジュアル・コントロールなどのブランディングもすべてつながっています。


いままで生きてきた集大成、それがmärchです


でも店舗のオープンはゴールではなく、スタートです。
店舗がボトルネックとなり、今後どうひろがっていくか。
ひろげていくか・・・。さて。

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