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消えた記憶

神戸の繁華街にある古びた占い館「星の瞳」。そこは薄暗く、無数の蝋燭が揺らめき、神秘的な雰囲気が漂っている。占い師の伊藤誠は、来客の過去や未来を見通す能力を持ち、多くの相談者に信頼されていた。


ある日の午後、伊藤誠は静かな店内で次の客を待っていた。薄いカーテンが風に揺れ、外からの光がぼんやりと差し込んでいる。しばらくして、重い木の扉がゆっくりと開かれ、一人の女性が入ってきた。彼女の名は佐伯美咲。長い黒髪と穏やかな笑顔が印象的だった。


「いらっしゃいませ、どうぞお掛けください。」


誠は静かに微笑みながら、美咲を迎え入れた。彼女は少し緊張した様子で椅子に腰掛け、深呼吸をしてから口を開いた。


「伊藤先生、私は記憶を失ってしまったんです。失われた記憶を取り戻したいのですが、何か手助けをしていただけますか?」


誠は美咲の話を真剣に聞きながら、彼女の目を見つめた。彼の瞳には深い洞察力が宿っており、その視線はまるで彼女の心の奥深くを見透かすかのようだった。


「もちろんです、美咲さん。まずは、あなたの過去を少し探ってみましょう。」


誠はタロットカードを取り出し、一枚一枚丁寧に並べ始めた。カードが示す未来と過去を読み解きながら、彼は美咲の記憶の断片を引き出していった。


「あなたの記憶には、大きな衝撃を受けた出来事がありますね。それが原因で、一部の記憶が封じられているようです。」


美咲は驚いた表情を浮かべ、誠に向かって頷いた。


「そうです。私もそのことを感じていました。どうすれば、その記憶を取り戻すことができるのでしょうか?」


誠は少し考え込んだ後、静かに答えた。


「まずは、その出来事に向き合うことが必要です。あなたがその記憶を取り戻すために、私も力を尽くします。一緒に探っていきましょう。」


美咲の相談が終わった後、誠は自分の過去を振り返ることにした。だが、思い返せば返すほど、重要な記憶が欠落していることに気づく。特に、自分が占い師としての道を選んだきっかけや、特定の人物との関わりについての記憶が曖昧であることが不安を呼び起こした。


「なぜだろう…俺の記憶もおかしい。」


誠は深く考え込んだ。記憶の断片が浮かび上がるが、それはまるで霧の中に消えるように、すぐにぼやけてしまう。何か大きな秘密が隠されているような気がしてならなかった。


そこで誠は、旧友で心理学者の藤田直人を訪ねることにした。直人は誠の幼少期を知る数少ない友人の一人だった。


「久しぶりだな、誠。どうしたんだ?」


直人は研究室で誠を迎え入れ、彼の話に耳を傾けた。誠は自分の記憶の欠落について語り、直人に助けを求めた。


「実は、幼少期に交通事故に遭っていたんだ。それが原因で記憶が曖昧になっているのかもしれない。」


直人は資料を取り出し、誠に説明した。


「君はその事故で大きな衝撃を受け、一部の記憶を失っている可能性が高い。ただ、その記憶がなぜ今になって浮かび上がってきたのかは不明だ。もしかしたら、何かがきっかけで君の心の奥深くに眠っていた記憶が目覚め始めたのかもしれない。」


誠はその言葉に深く考え込み、事故当時のことを思い出そうとしたが、どうしても思い出せなかった。


誠は再び占い館に戻り、タロットカードを使って自分の記憶を探ることにした。カードが示す未来は不安定で、彼の運命が大きな転換期にあることを暗示していた。特に「月」のカードが繰り返し現れ、真実が隠されていることを示唆していた。


「これは、私の記憶の鍵になるかもしれない。」


誠はそう感じ、タロットカードの導きに従って、自分の過去を探る旅に出る決意を固めた。まずは、幼少期を過ごした故郷へ向かうことにした。


故郷の風景は懐かしくもあり、何かが欠けているような違和感を覚えた。そこで、幼少期の友人である佐藤翔太と再会することにした。翔太は誠の事故について詳しく知っており、その時の状況を語ってくれた。


「誠、お前があの事故に遭った日は、俺たちが一緒に遊んでいたんだ。その時、君は妹を守ろうとしていたんだ。」


その言葉を聞いた瞬間、誠の中で何かが弾けた。妹の存在を思い出したのだ。彼は事故現場を訪れ、そこで突然、断片的な記憶が蘇った。


事故当時、誠は何か重要なものを守ろうとしていた。それは妹だった。彼女は事故で命を落とし、そのショックで誠は記憶を失っていたのだ。


誠は、最後の手がかりとして、母親に会いに行くことにした。母親は当時の真実を知っており、誠が守ろうとしたのは妹であり、そのことが彼の心に深く刻まれていたことを告げた。


「誠、あなたは妹を守るためにあの事故に遭ったのよ。そして、そのショックで記憶を失ってしまったの。」


真実を知った誠は、自らの過去と向き合う決意を固めた。妹の死という辛い現実を受け入れ、彼女のために占い師としての道を選んだ自分の使命を再確認することができた。


誠は再び占い館「星の瞳」で多くの相談者を迎える。彼の瞳には、過去の傷を乗り越えた強い光が宿っていた。彼は相談者たちの心の闇を照らし、未来への道を示すことに喜びを感じるようになった。そして、彼の新たな旅が始まるのだった。


誠は今、失われた記憶を取り戻し、さらに深い洞察力と共感力を持つ占い師として成長した。彼はこれからも多くの人々を助け、心の闇を照らし続けることだろう。

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