「凡災」⑤

第5回 ことばと新人賞に応募した落選作「凡災」を一章ずつ掲載しています(5/15)


はちのすの名はかたちでなくまだらに因る。胃がきまったかたちをもつことなくやわくいくらも変わるから羽虫の巣の肌理にも似たつらなりに徴づけられるほかないしろものが黒と白と店先に並ぶ。白を手にとれば、わざわざ黒いのを白くするためまず風呂湯くらいの水に一じかんさらし、さらに沸したのを少し冷ましたくらいの水に三ふんひたしてあと、先がひろがり捨てられるまえの歯ぶらしで白くなるまでごしごしこすつてまた一五ふんゆでる少なくともこの二じかんの手間が省かれる。
とりつぱなる料理はそれから洗つたせろりと白いはちのすとを火にかけ茹で、沸してから一〇分煮るまでをふた度かみ度繰り返し、先のせろりとたまねぎとにんじんのどれもひと層目のまるしえで店の男のすすめに倣い選んだのをみじん切りにし、その横で底の深めのぱんにおりーぶ油とちぎつたにんにくをいためて香り出しみじん切りの菜らをまぜ炒めしんなりしたらはじめのはちのすと味付けの塩をまぶしとまとの缶づめ、ろーれる、たいむを加え一じかんか二じかん煮込む。それだけで短い算で三じかんはかかるからこの手間を割くふだんはない。手間のかかる料理は料理をしない者の料理だとふだんする偶者は述べ、料理はそもひと品をつくることですらなくむしろいくつかの品のはーもにーで食席と健体を飾り均しかたづけさらにそうした食席の連なりのなかで冷凍蔵の中をやりくりし七夜も一四夜もかけて腐らせずしなびさせず出入りさすことであるとするから、いまもちんげん菜かこまつ菜でもあまつていれば代理させ調べた指示書にしたがつてせろりを買いそろえる手間もはぶくかと問うといまは肉のくさみを抜くからやはりせろりの葉を要するのが習わしだとたしなめられる。
次は料理せぬ者の手にまーぼ茄子がゆだねられる。おぼつかぬものにとつて料理がこわいのはこれが刃と火とそれが連想わす惨事ゆえで、刃ならいつか指を切り落とし血しぶきをあげおちて床にささりはせぬか、火なら衣に燃えうつつて身を焦がし痛みとともにけろいどをのこさぬか、こんろならまえのまえの住人とまえのまえのまえの住人とを経て古び気づかぬうちに火もつかぬまま瓦斯を漏らすことさえ頻りで、かわいた空気でぼふっ、ぼふっとむせて知らず知らず走つた火花が爆ぜてこの室まるごと灼きつくさぬかと期待されるし、こうしてかたちのかもす誤途が使う人に妄想せるときの道具が使い慣れぬ者の体の自在を乗つとる。
 また料理そのものの訂正せなさもこわい。茄子に熱をとおすとしてふん数ばかり、しょうがとにんにくととうがらしをにおわすにしてその量ばかりしるされ、いかに生じるそのあいまの作法をどうやりくりし抜けていくか験のない者に指示書は明らまぬから、どこかでつまづいてしまわぬかというよりつまづいたあとに訂正せぬ生ものを触るいちいちがこわい。順序に合間ができると不注意が蛇のようにのたうって思わぬ動きを身体にさせる。水気をふくんではりつやのある茄子ひとつへたをおとして四つにわけはりつやのあるうちにぱんにしいた油のうえで熱にかけてころがしてしまえばいいのを、今わけたこの四つは本当に等ぶんか、帯びすぎた熱がそのはりつやを奪いはせぬか、頃あいを逃せばあとこのぷりぷりが萎み枯れ焦げ苦味しかなさぬものに成り果てはせぬ迷われるもたもたのうちに、熱を帯びたけむりのなかでしょうがとにんにくととうがらしとがまじり香ばしいのをかもすその生が速い。
 すでに研いで浄水にひたした米の入つた土鍋がすわるこんろのつまみに偶者が指をのばし火にかける。今日は助手に徹する手練れたほうが「おおきなあい」とかかれた葡萄酒ののみかけをささげ、卓にぐらすふた杯ずつそそぎ、ひと口すするとすすらなかつたほうをはい、と寄越しぎんのぼうるをとり出し、つなの缶づめを開け余していたせろりをきざんで和えものをつくるこの一手間ぶん手練れる。おんがくからじをかけてよ、かけるとらじをの仕切が香辛の専門者というのを招いてかれーをとりあげる。いんどにはじまるかれーの史筋は明治の東京でこの国とめぐり遭いぱん屋がはじめてふるまいはじめたそのぱん屋は近くとりこわされたあの廃工場だ。
 この日のまーぼ茄子は、ぎんいろのれとるとぱうちの中みにその味ひとつを委託する。どこぞで固められふたたび熱を帯びるまで眠らされた味でこちらが付け加える遊びはいま乏しい。もたもた者もいつか拘られる指示書をはなれいくつもの味の自由に自らを表現をひらいてみせる欲にもわずかにまみれつつこわいうちはまだまだ遠い。香辛の専門者はかいわいのかれーを「再現」と「表現」に区分けする。すなはち元のいんどのを再現しようとする再現者と、独自の験により美味・妙味を開いた表現者のかれーがあるという。対してらーめんには表現しかいないとして仕切りは歌いでもあるので共鳴して返し、おんがくもいっしょだようちのめんばーとおれはすきなかれーのすたんすもちかいってよくはなすんだほんばのふぉーみゅらをちゃんとべんきょうしたうえでにほんじんのくちにあうにはどうするかっていうのをかんがえたかれーがすきなんだ、と。きいた偶者はいたく興が醒めた。そんなことかんがえながらかれーなんかたべたくないじゃん、きょうはこういうきぶんだから、ここのかれーってのがいんでしょ。



参考資料

・TBSラジオ「アフター6ジャンクション 特集:スパイスを学び、自分らしい”カレースタイル”を手に入れる戦いが今、始まる。”スパイス・ウォーズ”特集! byタケナカリーさん(ラジオ番組)

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