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伝わらない

 勉強机の前でさまざまなことを考える。たとえば宇宙のこととか、自分の生まれてきた意味とか、言葉とか、世界のもろもろの現象や、友達や環境のことについて。そして将来やりたいこととやりたくないことについて。

 自分では勉強の合間のわずかな時間に過ぎないと思っていたのに、ふと気がつくと考えながら寝てしまったり、15分のつもりが1時間経ってしまったりする。母親はそんなわたしの癖が大嫌いだった。
「ほら、またぼうっとしている」と母はその度に注意するのだ。私は我に返り、謝るのだ。

 小説を書きたい、とある日紙切れに書きつけてみた。小説を書きたい、小説を書きたい。何回も書いていると、それが強い願望のように思われてきた。書いたまま、寝てしまった。そのままにして、学校に行った。
 帰ってくると、母親が叔母さんに電話していた。ウチの子ったら、どうやら小説家になりたいらしいのよ。そう、そう書いてあったの。全くもう、困っちゃう。どうしたらいいかしら。自分をあんなに突き詰めて、幸せになれるかしら。あの子は本当によくわからない。
 叔母さんはどうやら母をなだめているらしい。私はあっけにとられてしまった。軽い気持ちで5回ほど紙切れに書きつけたら、それが本当のことのように思われている。

 その場に立ったまま去年のことを思い出す。母は私を置いて、弟とだけ北海道に遊びに行った。私は行きたくないと言ったのだ。こんなに大きくなって親と一緒に旅行するなんて。友達と遊んでたほうがいい。
 でも本当は行きたかったのだ。私はいつも素直になれない。弟はいつも素直に母に甘えている。いつでも弟が先回りする。お母さんが好きだ、という言葉は口から出ることはない。わたしも、と小さい声で呟くと、母は弟の目を見てありがとう、と言うのだ。
 お母さんが好きだ、と紙に何度も書きつけてみたら、それはいつか本当のことだと思ってもらえるだろうか。

#小説
#勉強机
#素直

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