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帰省

 この道は何度も歩いた。駅からまっすぐ歩くと公園が見えてくる。小さい頃よくここで遊んでいたらしいが、全く記憶にない。
 その横に予備校がある。三カ月くらい通ってやめてしまったが、ここの自習室で集中して勉強していたことは今も時々思い出す。あの少しよどんだ空気や、友達に自販機のコーヒーを奢ってもらったことも、よく覚えている。

 この先に初恋の人の家がある。二階の部屋からはいつも柔らかい光が漏れている。彼女は夜遅くまで起きていると言っていた。故郷を離れ、大学の近くに下宿してからすっかり忘れていた色々なこともこの道を歩いて思い出した。

 夜の十時には帰ると言って、まだ九時だったのでなんとなく家の周りを歩いてみた。冬の道は暗さが深まり、近くにコンビニのある下宿の周りとは全然違う。思わず上を見上げると空にはびっくりするくらいたくさんの星が輝いている。
「星多いな」と僕は呟いた。サークルの旅行で行ったキャンプより星が近く見える。二階のベランダから物干し竿を差し出したら届きそうなくらいだ。

 ただいま、と言いながら家に入っていった。出迎えてくれた母には、星のことは言わなかった。

#ショートショート

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