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Stories of Chai - 愛犬のGund君

Stories of Chai ー インドのChai(チャイ)は甘くておいしいミルクティ。そのチャイを囲みながら語られるのは、私たちの心に響いた、とっておきのストーリー。これからお話しするのは、そんなお話のひとつです。

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私には一歳の時からずっと一緒の愛犬がいます。その名は「Gund君」(グント君、と読みます)。

Gund君は、私が一歳の時に父のメンターの奥様が私にプレゼントしてくれたぬいぐるみの犬です。何とも言えない、可愛い愛嬌のある顔をしていて、中に手を入れて遊ぶことのできるパペット犬でもあります。胸には「Gund」と書かれた名札がついていて、それで、私はこの犬を「Gund君」と呼ぶようになりました。

この犬の贈り主のおば様は、身近な人に子供が生まれると必ず可愛いテディベアなどのぬいぐるみをプレゼントすることを楽しみにしていました。私が生まれた時は、この可愛い犬のぬいぐるみを選んでくれたのでした。これが、私とGund君の初めての出逢い。

私の子供時代、Gund君はかなり波乱万丈な子犬時代を過ごしました。まだ小さかった弟と一緒に「子供が生まれた!」の遊びをする時には必ず連れ出されて、弟のトレーナーの下に押し込められ、「あ、生まれた!」の掛け声とともに天井へ放り投げられました。その後も「わーい、生まれた!」という声とともに、何度も天井へ投げ飛ばされました。

また、ある日には、私の散髪屋さんごっこに付き合って、ふさふさだった鼻を短くカットされてしまいました。私の歯医者さんごっこに付き合って、口の奥にマーカーで印をつけられてしまったこともありました。

それでも、Gund君は飽きもせず私の傍に寄り添ってくれ、私が大学に向けて上京するときには、他のいくつかのぬいぐるみとともに東京生活をスタートさせました。

サイズが小さいので、私が外へ出掛ける時もよくリュックの中に入ってくっついてきました。これがGund君流の「お散歩」です。私が、「お散歩っていうのは、本当は犬は自分で歩くものなんじゃないの?」というと、可愛い顔でとぼけます。

海外へ出掛ける時は、手荷物に入って、窮屈な空の旅を一緒に楽しみます。空港の手荷物検査で引っかかって私がリュックの中身を全部出した時には、厳しい顔をした検査官の前にGund君が真っ先に飛び出してきたこともありました。

Gund君は犬ですが、寒がりで、鳴き声も犬というよりは、どちらかというと猫のような鳴き方をします。時々私が「Gund君、猫みたいだね」とからかうと、この時ばかりは気を悪くします。

また、Gund君はかなりの老犬になった今も、自分のことは子犬だと思っています。そしていつも、「愛犬だよ!」と私に言ってきます。どうやら、その意味は「Mちゃんのことが大好きだよ。だから愛犬。」そこで私が「愛犬って言うのは、飼い主が愛する犬っていう意味だと思うけどなー」と突っ込むと、そういう難しい話は知らないという感じで私の膝の上でくつろぎます。それで、私は私の思うところもちゃんと伝えようと思います。「もちろん、私もGund君のこと、大好きなんだよ。」すると、下から猫のような可愛い鳴き声が返ってきます。

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数年前のある日、母とGund君について話していた時、贈り主のおば様が実は数年前に他界したことを聞きました。

私は驚いて言葉が出ませんでした。

私が最後におば様に会ったのは10年以上前の小学校6年生の時。ピアノのコンクールに参加して上京した折に、母と二人でおば様のお宅にお邪魔したのでした。私はいつも、このおば様に会いに行くのが楽しみでした。江戸っ子のようなさばさばしたしゃべり方の奥に、どこまでも溢れるやさしい愛情が感じられて、私はおば様の話に耳を傾けるのが大好きでした。この時も、いつものように美味しい手料理のランチを私たちのために準備して出迎えてくれて、私たちは楽しいおしゃべりの時間を過ごしました。その時、私がコンクールで弾いたメンデルスゾーンの曲の話をした際におば様が言った一言

「メンデルスゾーンは好きかい?」

が、なぜか昨日のことのようにくっきりと、その時のおば様の笑顔とともに思い出されます。

おば様が旅立ったことを知ったのは、悲しかった。もう会うことができないんだ、と思ったから。でも、おば様が一歳の私に贈ってくれた犬のGund君が今も私の傍にいる。

私はまるで、置手紙を受け取ったような気がしました。その時、初めて、私はいつもずっと胸の奥に想っていたことを言葉にしました。

「おば様、素敵なプレゼントをありがとう。」

これからも、私は愛犬のGund君を通して、おば様が私に注いでくれたたくさんの愛をいつも傍に感じることができます。おば様の置手紙に書かれていたのは、お別れの言葉ではなく、愛のメッセージでした。



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