英国が新農業政策の詳細を発表、280の支援策が明らかに

英国の環境・食料・農村地域省(DEFRA)は2023年1月26日、欧州連合(EU)離脱後の新たな農業政策「環境土地管理スキーム」(Environmental Land Manage Schemes=ELMS)の詳細な内容を発表(1)(2)(3)しました。以前にまとめた通り、英国では40年ぶりの農政改革となり、有機農業など環境に優しい取り組みに補助金を多く配分することで、「農業のグリーン化」を推進するのが狙いです。具体的な支援策として、「耕作地を有機栽培で維持すると、1ヘクタール当たり132ポンド(1ポンド=約160円)支払う」など、約280の項目が盛り込まれました。細部がなかなか固まらず、農業界から早く公表しろとせっつかれてきました。不明な部分は残るものの、全容がようやく明らかにされました。

ELMSの対象は、英国で人口の8割以上を占めるイングランドに限られ、スコットランドやウェールズ、北アイルランドは別の農業政策を立案し、推進することになります。ELMSの予算規模は年24億ポンドと、EUの共通農業政策(CAP)の時の35億ポンドからかなり減ります。CAPは主に農地面積に応じて公平に補助金を支給してきたのに対し、ELMSは予算総額は減るものの、環境に配慮した農家への支援を増やしていくことになります。きめ細かい支援を行う意図は強く感じられますが、こんなに数が多いと、複雑すぎて農家もわけが分からなくなるではとも思ってしまいます。現在は7年間の移行期間の最中で、さらに制度の見直しや追加を行った上で、2028年までに完全実施となります。

テレーズ・コフィー環境・食料・農村地域相は「農家は経済の中心だ。われわれの食卓に乗る食料を生産するとともに、食料を生み出す土地の管理者でもある」と農家の役割を説明しました。その上で、「この2つの役割は密接に関係している。食料がより持続的に生産され、地球が守られるように、われわれは農業スキームの展開を加速させ、誰もが経済的な支援を得られるように取り組んでいく」と表明しました。

ELMSは、「持続可能な農業インセンティブ」(Sustainable Farming Incentive=SFI)と「カントリーサイド・スチュワードシップ」(CS)に大きく分かれています。いずれも、農家や土地管理者が食料生産とともに環境保護に取り組んだ場合に支払うものです。SFIは標準的、普遍的な取り組みが対象で、CSは地域の特性を踏まえた取り組みが対象という違いがあるようです。

支援する分野としては、「草原」「耕作地」「永年作物」「荒れ地と高地泥炭」「低地泥炭」「森林、樹木、アグロフォレストリー」「境界」「水域」「湿地生息地」「沿岸生息地」「低地のヒースランド(荒れ地)」「遺産」「種の回復と管理」「アクセスと関与」「動物の健康と福祉」―の15項目が挙げられています。

例えば、草原なら、「集約型な草地で樹木を保護する」という取り組みに対してCSとして1ヘクタール当たり295ポンドが支払われます。また、「種の豊富な草原を育成する」に同428ポンド(CS)、「土壌アセスメントの実施と土壌管理計画を作成する」に同28~58ポンド(SFI)、「アドバイザーが訪問し、雑草管理のための総合的病害虫管理の評価とアドバイス、計画作成を行う」に年989ポンド(SFI)―などとなっています。

耕作地なら、「低インプットで収穫できる作物を栽培する」に1ヘクタール当たり236ポンド(CS)、「4~6メートルの緩衝帯を形成する」に同451ポンド(CS)、「冬期にカバークロップを導入する」に同129ポンド(CS)、「耕作地を有機栽培で維持する」に同132ポンド(CS)、「殺虫剤を使用しない」に同45ポンド(SFI)―などが盛り込まれています。

このほか、永年作物なら、「(リンゴやオレンジなど)トップフルーツや、(キュウリなど)ブッシュクロップを生産する土地を有機管理で維持する」に同1920ポンド(CS)と、面積当たりでは全体の中で最も高額な支援が行われます。動物の健康と福祉では、「家畜の健康と福祉の年次検査のために獣医が農場を訪問する」について、1回の検査ごとに、豚なら684ポンド、羊なら436ポンド、肉牛なら522ポンド、乳牛なら372ポンドがSFIとして支払われます。

ELMSの詳細な内容の発表について、英国最大の農業団体ナショナル・ファーマーズ・ユニオン(NFU)はリリースで「DEFRAは、より幅広く、より柔軟な提案をした」と一定の評価を下しています。ただ、また決まっていない部分もあるため、「農家や生産者が長期的な決定を行うためには、全体の詳細なスキームをできるだけ早く知ることが不可欠だ」として、早く新制度の全体像を示すよう催促しました。また、「迅速な申請と支払い手続きも、農家が望んでいる安全性を確保する鍵となる」として、事務的な作業を急ぐことも要請しました。

さらに、NFUは「英国の農家は2040年までに(温室効果ガス排出の)実質ゼロを約束している」として、ELMS以前から環境保護への取り組みを続けていることもアピールしています。一方で、ELMS成功の鍵として「シンプル」「確実」「公平」の3つを挙げ、「NFUは引き続きDEFRAと協力し、ELMSの改善に取り組んでいく」と表明しました。ELMSについて一定の評価を下しつつも、改善の余地はあるとの認識のようです。

野党・労働党のジム・マクマホン影の環境・食料・農村地域相はツイッターで、ELMSの策定が遅れ、修正が続いてきたことを念頭に、「政府はELMSのさまざまな側面について名称変更や焼き直しをして自らを縛り続けているが、実際には失敗によって農業界を圧迫し続けている」と批判しています。その上で、「次期労働党政権は、将来世代のために環境や自然を保護するとともに、国内の食料安全保障を強化する。われわれの農家は分かりやすくシンプルなELMSを必要としており、労働党はまさにそれが実現するようにシステムを修正する」として、政権交代が実現すればELMSを見直す考えを表明しました。

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