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EUが農家との「戦略対話」をスタート 農業戦略の見直しが焦点

欧州連合(EU)の欧州委員会は1月25日、農業関係者との「戦略対話」をスタートさせました。EU当局による環境規制の強化に対し、農家の反発が増していることを踏まえ、食料・農業システムの将来ビジョンを改めて検討するのが狙いです。2050年までに温室効果ガス排出量の実質ゼロを目指す「欧州グリーンディール」や、それに基づく「ファーム・トゥー・フォーク(農場から食卓まで、F2F)戦略」の見直しが焦点となります。欧州委は「対話を増やし、分裂を減らさなければならない」と訴えています。
  
この戦略対話は、フォンデアライエン欧州委員長が2023年9月の一般教書演説で設置を表明していたものです。同氏はこの日ベルギーのブリュッセルで開いた初会合で、「農業に関し、分断と対立が増しているとみなが感じていると思う」との認識を示した上で、「こうした対立は、対話によってのみ克服できると私は深く確信している。欧州農業の未来のために、互いの視点を理解し、共通の解決策を見出すための信頼関係を築いていきたい」と狙いを説明しました。
 
フォンデアライエン氏は「欧州グリーンディールの目標に貢献するため、われわれはみな多大な努力をしている」と指摘する一方、「海外との競争や域内の過剰な規制、気候変動、生物多様性の喪失、人口減少といった課題が増していることでもわれわれは一致している」と語りました。さらに、「欧州の農業・食料に必要なのは、こうした課題に対応するための長期的な展望と、予測可能な道筋だ」と訴えました。
 
さらに委員長は、「この対話は、われわれがみな苦闘している課題について新たなコンセンサスを見いだすことが狙いだ」と述べた上で、具体的な課題として「どうやって農家の生活水準や農村の魅力を向上させられるか」「どうやって農業を持続可能にしていくのか」「どうやって知識と技術をうまく役立てられるのか」「どうやって欧州の食料システムの競争力を強化できるのか」―を挙げました。
 
戦略対話の議長には、ドイツのペーター・シュトロシュナイダー教授が就任しました。同氏は、ドイツ農業の将来像に関するドイツ政府の検討委員会の議長を務めた経験があるということです。同氏は「戦略対話の狙いは、農業と自然保護を両立させることだ。食料システムの経済的、生態学的、社会的な側面のバランスを取ることは可能だと確信している」と抱負を語りました。

フォンデアライエン欧州委員長(右)とシュトロシュナイダー戦略対話議長
(欧州委員会ウェブサイトより)

この日の初会合には、農家や協同組合、農業・食料ビジネス、農村社会、非政府機関(NGO)、市民団体、金融機関、学会から27人が参加しました。、2024年前半にテーマ別の会合で議論を続けた後、2024年夏までにEUの農業・食料の新たな解決策や将来像を示す計画です。EUの政治に大きな影響を与える欧州議会の選挙が6月6~9日に予定されていますが、結論はそれ以降に先送りする考えのようです。

フォンデアライエン欧州委員長(前列中央)と戦略対話の参加者(欧州委員会ウェブサイトより)

EU最大の農業団体グループ「コパ・コジェカ」は、コパのクリスティン・ランパート会長(フランス)とコジェカのレナート・ニルセン会長(スウェーデン)の両トップが初会合に招かれたと明らかにしました。コパ・コジェカは、2200万以上の農家から成るコパと、約2万2000の農業協同組合から成るコジェカで構成されています。 

フォンデアライエン欧州委員長(右)と握手するコパのランパート会長
(欧州委員会ウェブサイトより)

コパ・コジェカは声明で、EU全域に農家のデモが広がっていることを受け、「われわれは、EUで抗議行動をしている農家の意見も代弁する」と表明しました。その上で、「この対話は極めて重要で、タイムリーだ」として、テーマ別会合を含め、積極的に関わっていく姿勢を示しました。 

欧州メディアによると、ランパート氏は会合終了後、欧州委に対し、ブラジルなど南米南部共同市場(メルコスール)との自由貿易協定(FTA)に反対することや、欧州グリーンディール後に何が起きたかを把握するよう求めたということです。コパ・コジェカは、欧州グリーンディールの一環として策定されたF2F戦略について、2030年までの農薬使用量の50%削減や肥料の20%削減といった厳しい環境規制により、「EUの農業生産が減り、EUの食料安全保障を損なう」として反対し、見直しを求めています。

この日の戦略対話にあわせ、EUでは、会合が行われたブリュッセルのほか、ドイツやフランス、ポーランド、ルーマニアなどで農家による大規模なデモが行われました。前日にブリュッセルでのデモを呼び掛けたシンクタンク「MCCブリュッセル」は、「われわれは欧州の農家を支えていく」とした上で、「行きすぎたEUの環境政策はここで作られている。EUの政策は、欧州の食料安全保障や農村の存続を脅かしている」と訴えました。 

ブリュッセルのデモにはフランスの農家も多く参加しました。同国農業団体の代表者は「EUが構想し、(フランスの)マクロン政権が熱心に実施する極端でばかげた環境政策に対し、フランスの農家は一致して反対している」「欧州のエリートたちは、厳しい環境規制を農家に課す一方、規制が異なる安価な外国産の輸入を求めている。フランスの農家は、不公平な競争から欧州を守る決意だ」などと訴えました。

農家のデモを伝えるフランスのテレビ(France24のYouTubeチャンネルより)

 英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)は、欧州のデモに関し、「農家が特に怒っているのは、F2F戦略や、輸入品との競争力を損なう規制に対してだ」と分析しています。ポーランドやルーマニアの農家は、ウクライナ産の安価な農産物の流入に悩まされており、ウクライナとの国境を防ぐデモを行いました。

農業シンクタンク「ファーム・ヨーロッパ」は、農家の不満が強まっている背景に関し、1990年代からのEUの共通農業政策(CAP)の結果、農家への支援が徐々に減らされ、「1ヘクタール当たりの所得は、この30年間下がり続けている」と指摘します。その上で、「われわれに今必要なのは、欧州グリーンディールの欠点を新たな欧州ファームディールとして修正し、欧州を発展させることだ。これこそが戦略対話が担うべきことだ」と訴えています。

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