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EUが農薬半減目標を撤回 農業戦略を見直し

フォンデアライエン欧州委員長は2月6日、2030年までに農薬使用量を50%減らす目標を撤回すると表明しました。6月の欧州議会選挙を前に、環境規制の強化に対する農家の抗議行動が欧州各地で激化したことを受け、軌道修正を迫られました。これにより、欧州連合(EU)の農業・食料政策を定めた「ファーム・トゥー・フォーク(農場から食卓まで、F2F)戦略」は見直されることになりました。
 
フォンデアライエン氏は、フランスのストラスブール開かれた欧州議会の本会議で演説し、2030年までに農薬使用量を半減する法案(植物保護製品の持続可能な使用規制案=SUR)が否決されたことに触れ、「この提案を撤回する」と明言しました。その上で、「さらなる対話と異なるアプローチが必要だ」として、先に始まった農家との戦略対話の結果を踏まえ、新たな提案を行う意向を明らかにしました。
 
フォンデアライエン氏は、「(2月1日に加盟国の首脳らが参加する)欧州理事会が開かれている間、欧州各地で農家が街頭に繰り出していた」と振り返り、農家のデモが各地で行われていたことに言及しました。さらに、「われわれは、(農家との)対立を超えて前に進み、信頼関係を構築する必要がある」と強調した上で、「SURの提案が対立の象徴となった」と述べ、農薬半減目標が農家の反発を招いた主因との認識を示しました。
 
EUでは2023年、環境規制を強化するオランダで農家の抗議行動が起こり、11月の総選挙では規制強化に反対する極右政党の自由党が第一党となりました。2023年末に始まったドイツのデモでも、極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が農家の怒りをあおっていると指摘されています。2024年6月に欧州議会の選挙を控え、このままでは極右勢力が支持を大きく拡大しかねないとの懸念が方針転換の背景にあるようです。
 
欧州委員会が2020年5月に発表したF2F戦略は、2030年までに農薬使用量の50%削減のほか、化学肥料使用量の20%削減、有機農業面積の25%への拡大などが盛り込まれています。2050年までに温室効果ガス排出量の実質ゼロを目指す「欧州グリーンディール」を踏まえ、EUの新たな農業・食料戦略として策定されました。
 
欧州委員会はF2F戦略の実効性を高めるための関連法案として、2022年6月にSUR法案を欧州議会に提出しました。しかし、農家や農薬メーカーなどの反発を受け、2023年11月に否決されていました。この時点で、農薬半減目標は事実上、白紙となり、F2F戦略は空中分解していたとも言えます。
 
F2F戦略に反対しているEU最大の農業団体「コパ・コジェカ」は、フォンデアライエン氏の演説を受け、「行き詰まった状況に終止符が打たれた」と歓迎しました。「欧州委員会はついに自らのアプローチが正しくなかったことを認めた」と一定の評価を下した上で、「戦略対話の信頼性と重要性が高まった」として、戦略対話の行方に期待を示しました。
 
欧州議会の最大会派で、フォンデアライエン氏も属する欧州人民党(EPP)も「歓迎する」とのコメントを出しました。「われわれは、非現実的な要求や官僚主義によって、欧州の食料生産を危機にさらすのは無責任だと主張してきた。農家が欧州の人々に食料を供給し続けるためには、合理的な規制や支援、最新技術へのアクセスが必要だ」と主張しています。
 
一方、厳しい環境規制を求めてきた緑の党は、「欧州委員会が農薬削減の提案を白紙に戻すことになったのは残念だ」と表明しました。しかし、農業政策が見直されることになったため、「新たなチャンスも生まれた」との期待も示し、「新たに強力な農薬削減の提案を求める」と主張しています。さらに、「持続可能な農薬の使用は、生物多様性や(ミツバチなど)花粉媒介者を守るだけでなく、公衆衛生や農家の健康を守るためにも重要だ」と訴えています。
 
環境団体「農薬アクションネットワーク(PAN)ヨーロッパ」は、「健康と生物多様性にとって暗黒の日となった」と嘆いています。さらに、「農薬業界が主導したひどい反対運動の結果だ。対立が生まれたのは、アグリビジネスが虚偽の情報を流したからだ」と、農薬業界などを批判しています。
 
フォンデアライエン氏は演説の最後で、戦略対話の報告書が夏の終わりまでに提出されるとの見通しを示した上で、「これは非常に重要なものとなる」と強調しました。さらに、「この対話の結果と提言を議会や加盟国と議論し、将来の農業政策の基盤を構築することになる」との考えを示しています。

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