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友だち探しのアプリがネットワークビジネスの巣窟だった3

E子ちゃんは私よりも、私の弟よりも年下で
アプリ上でE子ちゃんからメッセージをもらったときは
返事をするべきかどうか迷った
年が離れすぎてるし、何を話せばいいのか…
それでもメッセージを返したのは、ずっとやってみたかったボクシングをE子ちゃんは既に習っていて、色々教えてもらえそうだったからだ

E子ちゃんはとてもフレンドリーでレスポンスも早く、ボクシング以外にも共通点があって、メッセージのやり取りは楽しかった
メッセージを何度か重ねるとE子ちゃんはよかったらボクシングをやってみないかと誘ってくれた
E子ちゃんの通ってるジムはマンツーマンとか友だち同士でレッスンしてくれるらしく、一緒に行こうと言ってくれた
紹介だったらずっと1,000円で受けられるから!と
ネットワークビジネスと関わった今だとこれが甘い罠だと心底わかる
だがE子ちゃんとはアプリを始めて割とすぐに繋がったので、安すぎなことにいささか懸念はあったが、生来ケチな私は安く習えてラッキー♪と思っていた

ボクシングをする日、初めてE子ちゃんに会った
小柄で親しみやすく、私の数少ない友だちたちと雰囲気が少し似ていて親近感があった
だいぶメッセージのやり取りをしていたからか、変に緊張することもなく、ジムまでの道のりも会話が弾んだ
ジムはマンションの一室にあって、いささか怪しくもありすこし身構えたが、トレーナーのお兄さんも気さくな人で初めてのボクササイズはたいへん楽しかった(次の日めちゃくちゃ筋肉痛になった)
トレーニング終わりにはプロテインも出してくれて、これで1,000円はお得すぎるのでは…と思ったが、安いに越したことはない

それからE子ちゃんとはボクシングに行くだけでなく、カフェに行ったり、時には遠出をしたりした
これぞ私の求めていた友だちである!
最初気にしていた歳の差なんて全く気にする必要などなかった
そもそも私は精神年齢が低いので、E子ちゃんくらいの年齢のほうが合っていた
変に背伸びする必要も猫を被る必要もない、のびのびと等身大の自分でE子ちゃんと接することができた

E子ちゃんと仲良くなると同時にトレーナーさんとも仲良くなっていった
ボクシング終わりにプロテインを飲みながら3人で他愛のない話をした
トレーナーさんと私の地元が割と近かったので、地元あるあるで盛り上がったり、それぞれの仕事の話なんかをした

そんなある時トレーナーさんから個別に連絡がきた
いつもは3人のグループラインに連絡をくれるのに…
トークを開いてみると、一対一で話をしたいという
仲良くなったとはいえ、出会って半年にも満たない異性と密室で話すなんて危険すぎる
自意識過剰と言えばそうかもしれない
私は迷った
断ろうか、もしくはE子ちゃんにも声を掛けようか?
トレーナーさんにE子ちゃんも誘ってもいいか聞いてみると二つ返事で承諾してくれた
やましい考えがあるなら私の頼みに渋るかと思っていたので、私は安心した
安心して結局E子ちゃんには声をかけなかった

マンションの一室でトレーナーさんと私
いつも3人でプロテインを飲みながら世間話をするテーブルは普段より広い
私が何を話されるのかソワソワしていると、トレーナーさんは今の仕事に不満があるんじゃないかと問いかけた図星だった
当時の私は会社と自分の仕事内容に不満だらけだった
不満だらけで転職を考えてたほどだった
図星を突かれて私は会社に対する不満を滔滔と語り転職も視野に入れていると答えなくても良いことも話してしまった
さらに続けて転職も考えているが、転職して給料が下がるのも不安だということも話した

いくら貰えれば満足かと聞かれた
私は手取りで30万欲しいと言ったような気がする

トレーナーさんは笑いながら一つの会社に勤めてるだけじゃそれだけのお給料をもらうことは難しいよと言ったしがない事務員はそんなこと言われなくてもわかってる

続けてトレーナーさんは今は副業する時代だよ、と言う
副業かぁ、考えたことはあるけど何をすればいいのか皆目見当がつかない

そう話す私に対してトレーナーさんはこう続ける
これからの時代は個人が、個性が売れる時代だと
発信力のある人に、個性のある人に人は惹かれる
その人が使ってるもの、おすすめするものに購買意欲をそそられる
なぜ購買意欲をそそられるのか
その人自身の美しさとか健やかさが、裏付けとなり説得力になる
もちろん商品が良いものであることは言わずもがな

そうしてトレーナーさんはあるボトルを私に見せた
〇〇〇〇って知ってる?
それはこの会社の化粧水ですごく肌に良いんだよ
この会社の商品はそこらのドラッグストアとかデパ地下に売ってるコスメとは違って本物だよ
本物っていうのは中身の成分のことね、デパ地下とかに売ってるコスメはCMにお金をかけてて原価なんてないに等しいんだよ
トレーナーさんはいつも以上に饒舌でキラキラと輝く笑顔で捲し立てる

〇〇〇〇という会社は私がネットワークビジネスというものを知るきっかけになった会社だ
A子さんやB子さんと知り合って、Google先生を頼りにたどり着いた会社だ
あぁ、あなたもそうだったのか

会社の名前を聞いて私は一瞬ドキリとしたが動揺はしなかった
むしろ爽快感があった
推理小説を読んでいて、謎が解き明かされる章を読み切ったような、ここに至るまでに散りばめられた伏線が一気に回収されるような感じだった

私は知らないフリをして、知らないと答えた
するとトレーナーさんはご親切にもこの会社で稼ぐ仕組みを詳しく教えてくれた
あぁ、なるほどなぁ
こんなシステムで日々の生活の糧を稼いでいる人がいるのか
A子さんとB子さんが、C子さんとD子さんが、あんなに必死に繋がりを求めていたのがよくわかる

トレーナーさんにE子ちゃんもこの仕事をしているのか聞いてみた
答えを聞くまでも無くわかり切ったことであったが、もしかしたら…という一縷の望みをかけて

答えはイエスだった
E子ちゃんはネットワークビジネスをまだ始めたばかりで駆け出しらしかった
E子ちゃんも繋がりを求めてあのアプリをインストールしていたのだ

E子ちゃんにとって私はただの釣り糸に引っかかった魚にすぎなかった
一緒に釣りをする相手ではないのだ
いや、私が副業として〇〇〇〇に片足を突っ込むのならそう遠く無い未来、釣り仲間になれるのかもしれない
2人並んで大海に釣竿を投げかけてかかりそうにない魚を気長に待つ

それも有りかもしれないなぁ、けれどアプリを使っていた目的がお互い違っていたことが悲しい
E子ちゃんは私だったら勧誘しやすそうとか話に乗りそうとか思ってメッセージをくれたんだろうか?
私の遊びの誘いには繋がりを断ちたくないから嫌々OKをしてくれたんだろうか?
本当は私のことどう思ってるんだろう?

そんなことが頭の中をぐるぐると駆け巡る
鄙びた遊園地にあるメリーゴーランドの間抜けな馬の上に跨り答えの出ない問答を繰り返す

今までのE子ちゃんに対する自分の言動が急に思い出されて恥ずかしくなる
私は本当に友だちになれると思ってE子ちゃんに接していた
私はピエロだった

トレーナーさんは私にはこの仕事は向いていると言ってくれた
たぶん皆んなに言ってるはずだ、E子ちゃんにも言ったんだろう
私は考えます、と言ってマンションを後にした

私はE子ちゃんに連絡を取ってトレーナーさんに言われたことを伝えた
E子ちゃんは自分もこの仕事をまだ始めたばかりだから一緒に頑張ろうと返事をくれた
自分のわかることだったら何でも答えるからなんでも聞いてね、とも言ってくれた
親切にされればされるほど虚しくなった

それからもE子ちゃんとはやり取りは続いていたし、E子ちゃんから食事に誘われたりもした
私は返事を返すたび、E子ちゃんは私の機嫌を損ねないためにメッセージを返してくれているんだ、食事に誘うのは私との関係を切りたくないからだ、という思いが強くなっていった
思いが強くなればなるほど返事は遅くなるし、食事の誘いも理由をつけて何度も断った
返事が遅くなればE子ちゃんは心配してくれた
体調悪いの?忙しいの?その気遣いが苦しい
適当に忙しかったんだ、ごめんねとか返していたが、とうとう返事を返さなくなった

E子ちゃんとトレーナーさんと私のライングループも退会した
アプリはアンインストールした


トレーナーさんにネットワークビジネスを薦められたあのときにやります!と言わなかったことを後悔していない
そもそもそんな仕事で稼げる人は友だちが大勢いて、コミュニケーション能力が鍛えられていて、人を見る目があると思う
友だちも少ない、大した人生経験もなく人の見る目を養ってこなかった、コミュ障の私にはハードルが高すぎた

E子ちゃんとの関係を断ち切ってから、YouTubeでネットワークビジネスに関わった人の動画を見ていると心底コミュニケーション能力と思い知らされる
話し方のスマートさはもちろん、ネットワークビジネスに対する不信感やその人の不安な気持ちを如何にキャッチして寄り添えるか
聞き上手であるように見せかけて主導権は渡さず相手を取り込むトークスキル
そして図太い神経
もし自分がその世界に飛び込んでいたら…
考えただけで胃が痛くなって、血の気が引く

私は友だちのいない惨めなアラサーに戻った
この文章を書き終わった後も特に予定はない
世間はGWだというのに連絡をくれるのはDMだけである










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