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【朗読用台本】トライアルピリオド

“トライアルピリオド”
ジャンル:朗読 恋愛
こちらは朗読を想定した台本になります。
よろしければお読みいただけると幸いです。
◆内容
お付き合いしませんか、という提案に私が返したのは
「お試し期間」というふざけた内容だった
◆登場人物
「私」20代。男性でも女性でも可
 
・声劇・朗読等で使用される際は作者名をどこかに表記またはどこかでご紹介下さい。作者への連絡は不要です。
・性別・人数・セリフの内容等変更可です。また演者様の性別は問いません。
・自作発言はセリフの変更後でもお止めください。
・アドリブ可。好きに演じて下さいませ。
 
(以下本編)
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冬の寒さに、私は弱い。

外気に触れる肌に刺すような寒さが在る。

握った缶コーヒーの温かさがないと、私は凍えてしまっていただろう。

ああ、寒い。

しかし。

その中で、私は耳を疑う言葉に、私の体は思わず発熱した。

この、横にいる小さい人間に。

マフラーで顔を隠すようにして、彼女は

「私たち、付き合いませんか」

と、請うような希望を投げられたのだ。

突然の提案に頭が付いてこない。

なにが、どうしてそうなった。

私たちはぼんやりと、ベンチに座っていただけだったというのに。

それに違和感がある。

彼女は答えを待つように地面を見つめ続けていた。

早くアンサーが欲しい。

横顔から感じ取れた。

長いこと逡巡(しゅんじゅん)したが、私は意を決して、頭の中に浮かぶ一つの答えを手に取った。

「なら、お試しで付き合おう」

彼女はポカンとしていた。そりゃそうか。意味分かんないだろうし。

「だから、お試し。本当に付き合うんじゃなくて、まずは試用期間。トライアル」

君と付き合うって正直想像できなくてさ、とか適当にくっつけて、自分でも何言ってるか分からない。でも私は言葉を繋げた。

「とりあえず、二週間。どう?」

どうって、と彼女は返す。当然の反応である。嫌なら私はそれでもいい。

しかし、彼女は首を縦に振った。

「いいですよ。そのお試しが終わったら、付き合えるんですよね」

今度は私が首を縦に振った。

「その代わり、試用期間中は他の人に付き合ってるって話しちゃ駄目だよ」

だって、他の人が知れば、変な噂が立つかもしれないだろ?

彼女は躊躇いもなく受け入れた。

白い息が、少し熱を持った気がした。


次の日から、私たちの試用期間が始まった。

最初のデートは、水族館だった。

こんな寒い時期に寒そうな場所に…と思ったが、建物内は快適だった。当たり前か。

私は悠々と泳ぐ魚を見て美味しそうだなとか雰囲気を台無しにする感想は持たない側の人間である。

そしてそれは、彼女も同じだったようだ。

すいすいと水の中で滑るコイやらサメやらエイやらシーラカンスやら…いや、最後のは化石だったか。

それらを目を輝かせて

「きれいですね」

と魚を追いかける彼女を、私は愛らしく思った。

腕は、組まなかった。


次のデートは、映画館だった。

彼女が最初に選んだのは、どストレートに恋愛映画だった。さすがに恥ずかしい。

それは嫌だ、じゃあ何ならいいんだ、どうせならアクションがあった方がいい、それなら…と討論を重ね

自分たちが選び抜いたのは、時代劇だった。

横に座る彼女が、人が斬ったり斬られたりするたびに「あっ」「うあ…」とか息を漏らすのが面白く、つい吹き出してしまった。

「そんなに笑う事ないじゃないですか」

顔を赤くする彼女が、とても可愛らしかった。


最後のデートは、カラオケだった。嫌な予感がした。

その心配は的中し、部屋内で私は彼女に押し倒されてしまった。

顔を近づける彼女の頭を、私は後ろから無理矢理つかみ、左肩へ押さえつけた。

そのまま、二時間。時間切れとなり、私たちはその場を後にした。

「どうして、ですか」

肩は、濡れていた。


約束の二週間が経った。

結果は聞かねばならない。どうだった?私は尋ねた。

泣きじゃくる声で、彼女は

「ごめんなさい」

と言った。

やっぱり、というのが、正直な感想だ。

彼女は他に好いている人がいる。

その人の事を、ずっと目で追いかけていた。

その人の話を、私には見せない笑顔で聞いていた。

「その人の事、忘れたかった?」

彼女はこくりと頷いた。

きっと、紆余曲折あったのだろう。諦めたくなることがあったのだろう。

気持ちを振り切るために、私に付き合おうなんて事を言い出したのだ。

「楽しかったけど、楽しめなくて」

涙声が心に重さを加える。

それはそうだろう。きっと、その人の影がチラついていた筈だ。

彼女は何度も謝った。何度も腰を曲げ、謝罪した。

涙は止まること無く。

私は、それ対し、出来るだけ笑顔で、言葉を返した

「お元気で」

これ以外、思いつかなかった。


私は、非道な人間だ。

彼女はきっと、自分を責め続けるのだろう。

でも、いつか、立ち直ってほしい。

彼女の心を利用した、悪者の私の、せめてもの願い。

冬の空は、さらさらと私に雪を振り落としてくる。

頬に触れたそれは、水になって流れ落ちて。

今年の雪の冷たさは、よく心に突き刺さる。

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