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中学3年のとある1日

中学3年の冬。
私は合唱部に所属していた。

数週間後に控えた合同発表会に向け、練習をしていた。
音楽室の物置から多重録音の機器が見つかった。
おー、これで重ねたら、練習とかにも使えんじゃない?
ギター出来るし、曲作りとかもできるよなー。
そんなことを言いながら、帰路についた。


この後の急展開は、知る由もなかった。



いつもより少し遅かった。
普段通り、エントランスにあるポストの郵便物を取って、マンション3階の自宅へ帰った。

自宅には母がいた。
父は休みだったが、趣味のパチンコに出かけていた。

リビングに郵便物を置いて、洗面所に向かう。

手を洗っていると、母が叫び声を上げた。



母は郵便物の中から1枚のハガキを見ていた。


ガス代が引き落とせなかったという通知だった。



我が家は特別裕福ではないが、不自由なく暮らしていた。
中学入学と同時に携帯を買ってもらい、パソコンもあった。
中学2年の夏休みには、母とサイパン旅行もした。


ガス代が支払えないはずはなかった。


当時はまだネットバンキングがなかった。
母はテレホンバンキングで、口座残高を確認した。


残高がなくなっていた。


母は気が動転していた。
一人息子の私は、自分が落ち着いてしっかりしなければと思った。

母に、落ち着いて、警察に電話するように言った。
そして、私は父に電話した。


父は、ええっ、そうか、分かった。とりあえず帰るわ。と言った。
そして電話を切った。

母にそれを伝えると、母は震えながら110番にかけた。



私はコブクロが好きで、当時は着うたというサービスが流行っていた。
着信時に着メロではなく、オリジナル音源が流れる。
まだコブクロも売れる前だったので、選べる曲は少なかった。
そんな中で、私は「DOOR」という曲に設定していた。


母が警察と話し始めた時、その曲が鳴った。


「行くしかないだろう」


電話に出た。

父だった。




どないしたん?

いいよ。

え?


いいよ、それやったん、俺やから。



電話は切れた。


私は、嘘のように膝から崩れ落ちた。




母に伝えて、警察の人には平謝りした。




パチンコから帰ってきた父と、話をした。

その日以降、もう父と暮らすことはなかった。

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