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We Are All Mad Here 序章

孝宏はある日小学校から帰ってくると、
自宅に入る門の横側にある駐車場のつるりとしたコンクリートの上に不自然な状態で落ちているスーパーのビニール袋のようなものを目にした。
不思議に思い、車が丁度二台分停められる程のそのスペースを見渡すとそれ以外は特に何も落ちていないようだ。
いつもと変わらない、父も母も不在と一目で分かる空っぽの空間がそこにあるだけだった。


近所の誰かのポイ捨てか、はたまた同級生のイタズラかと、ため息をつきながら孝宏はそれに近づくと、その袋の中に何か入っていることに気付いた。


どうせゴミだろ

そう思いながらも半ば気味が悪かったので、恐る恐るしゃがみこんで覗いて見てみると、ビニール袋の中には煎餅や飴玉などの菓子が乱雑にいくつか入っていて、一番底にはまだ開けた様子のないオロナミンCが入っていた。

触ってみると常温だ。
「なんだこれ?」
頭の中にあった「イタズラ」という文字が「落し物?」に変わりかけた瞬間、孝宏はその袋を持って立ち上がり、まだ持主が近くにいるかもしれないぞと、自宅の前の道路の方に足を向けようとした、が、持ち上げた袋のすぐ下にあった大学ノートの切れ端のようなものが目に入り、反射的にもう一度しゃがみこんだ。


なるほど、このビニール袋はそのノートの切れ端が風に飛ばされないようにするための重石のつもりだったのだろうか。
一体誰がこんなことを?


次々と頭の中に浮かび上がる疑問符と犯人像に孝宏は困惑しながらも、そのノートの切れ端を拾い上げると、そこには小学5年生の孝宏でもすぐ分かるほど常軌を逸したレベルの下手くそな、しかも平仮名だらけの字でこう書かれていた。


たかひろくん

いつもそんけいしてます

すこしおねがいあります

にんげんいったいください

おとこ おんな いきてる しんでる どっちでもいいです

きいてくれたらいいことあるます

だめだとよくないことあるます

きげん 6がつ29にち

かえる


「手紙…か…?」「かえる?誰だ?」
文章の内容自体、孝宏の中での「常識」からはあまりにかけ離れ過ぎていてすぐに理解できなかったが、何回か繰り返し声に出しながら読むうちに、
これを書いたのは本当に人間ではないのかもしれないと直感的に思った。
無機質な、というより本来人間ならあるべきはずの何かが決定的に抜け落ちてしまっているような違和感と不気味さがその手紙からまざまざと伝わってきた。


同じ小学生がやるイタズラにしては悪趣味で変化球過ぎるし、イジメならもっとストレートに中傷的な内容を書くだろう。少なくとも自分の知っている誰かではなさそうだ。


しかし、宛名はしっかりと「たかひろくんへ」と記されているし、「いつもそんけいしてます」というくだりからは、普段から自分のことを見てよく知っているということが読み取れる。
何より、「にんげんいったいください」とはどういうことだ?「にんげん」とは「人間」のことだよな?
つまり、「人間を一体ください」ということか?しかも一体って…。一人ニ人ではなく、こいつにとって人間は一体ニ体なのか…。


あ?もしかしてこのビニール袋の中の菓子やオロナミンCはそれの前払いってことか?
まさかこの手紙の主はこの袋の中身と人間一人が等価交換に値するとでも思っているのか?

普通じゃない…。

にしても、こいつがこの記されている名の通り、本当に「かえる」だったとしても、かえるが人間を貰ってどうするつもりだろう…。


考えれば考えるほど謎は謎を呼ぶばかりだった。
さらに今日は6月の26日だ。これが29日のはたして何時締め切りのものなのか見当もつかないが、おおよそあと3日しかないってことか…。

いやいや、バカバカしい、そもそもかえるが手紙を書くわけないじゃないか。
それに万が一、もしこれを無視してかえるに襲われたところで何も怖くないじゃないか。

しかし、孝宏は自分の着ているTシャツが冷や汗でじっとりと湿ってきていることに気づいた。
とにかくわけがわからないことだらけだが、整理すると、6月29日までに生死を問わず人間を一体くれと言っている。自分のことを「かえる」と名乗る見も知らないやつが。

「だめならよくないことあるます」か…。
孝宏はビニール袋に気味の悪い手紙を押し込み、左手に下げながら自宅の門をくぐった。

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