思いもよらないこと
4月も下旬にさしかかり、もうすぐ大型連休がやってくる時期になってきましたね。大型連休には、多くの人たちが思い思いの時間を過ごされることと思います。
私自身も、まとまった時間ができることで、今から心が解放されて、あんな所に出掛けたいな、こんなことをしたいなと、色々なことが心に浮かんできています。
まだまだ世の中落ち着かない状態ではありますが、自分の出来る範囲内で楽しむこととっても大切ですよね!
前回の記事で、「note」を通して、また発信していきたい!と思うようになったと書かせていただきました。
その理由には、ある事を通して、時間には限りがあるということを改めて感じたからでした。
ある事とは?
それは、今から遡る事5か月前、去年の11月初めに受けた健康診断の結果を受けて、自分の体の中で起きている変化を知った事でした。
今まで経験したことのない検査を受けるようにとの通知を手にした私は、
この事実を受け入れることができずに、それどころか、今私は何の通知をうけているのかさえ分からず、というより分かろうとしない状態に陥っていたのです。
信じられないことが起きている。ただただ不安で、怖くて、怖くて仕方ありませんでした。
検査を受けるまでの時間がとても重く苦しく、幾度となく押しつぶされそうにもなって。誰かに話してもよかったのですが、話すことで、相手に心配もかけ、自分自身がもっと不安になるかもしれないと思うと、なかなか口にすることもできずにいました。
12月の初めに検査ということで、医師の診察を受け、体の中で起きている変化について話を聞き、しっかりと検査をした方がいいということが分かったのです。精密検査です。
そして12月の中旬に検査を受け、年明け1月初めに結果を受け、手術が必要だという話に進んでいきました。初期のがんです。
思ってもみない検査結果に、現実として受け止めようともしても現実味が全くと言っていいほどなく、医師の言葉もフワフワしたような感じに受け取っていたように思います。現実として受け止めがたいという心理が働いていたのでしょう。
まったくの寝耳に水でしたから。私がまさか、という思いで頭がいっぱいでしたから。
生まれて約半世紀の時を経て、子供もまだ独り立ちしていなく、私がそばで支えていかないといけない状態でのこの通知は、とてもとても受け入れがたい、その一言でした。
子供にはそのまま包み隠さずに話をしました。二分の一の成人式を迎えていた子供は、年齢の割には物事を淡々と受け止めるところがあるせいか、いつもと変わりなく話を聞いてくれて。
それが何よりもありがたかったですね。
前向きになれる存在がそばにいてくれて、本当に大きな支えとなってくれたんです。
そして、この病を通して、私にとってまた大きな支えとなる存在との出会いがありました。その出会いについては、また次回、書かせていただければと思います。
最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。
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