「そこそこ」で、いいんです。
電気工事していた時に感じた事を・・・
って、tweet したことがあるのだけど、何もピカピカにしようと思っていない。
例えば、荷物が多すぎて、工事場所までたどり着けない様なら、ちょっと荷物をどけて、そこまでの道を確保するとか、ネズミの糞が散らばってるなら掃除しとくとか、それなりのことをしておきたいと思う。
肝心なのはそれなりにとか、適当、そこそこするってことで、完璧に仕上げなくてもいい。
多くの人が「何かするときには、完璧にしないといけない」と言うような脅迫観念みたいなものを持っている様で、「する」か「しないか」の二極化になっていると思う。
そうでなくて、してる様でしていない、もしくは、しない様でしているみたいな、曖昧なグレーな感じでいろんな物事に当たるべきだと思う。
自宅のトイレの掃除も毎日だとしんどい。
だから、汚れがひどい時だけとか、3~4日に1回。風呂掃除も週2日で。洗濯なんかも週末にまとめてやればいい。
え、汚い?!
最近はコロナの影響でどこ行っても消毒したりするけれど、あんなのやり過ぎだ。そんなにしても、感染症に罹る人は罹る。
だから適当でいいだよ。
「手洗いも手首までキチンとしなさい。」と言うけれど、ホントにみんなしてるのかね?
施設のトイレに入って見ていると、指先だけちょっと水につけて出ていく人が多いね。
ホントはそんなモノなのだ。
だから、そこそこしてたら十分だよね。
まったくしない人は、無神経だと思うが、潔癖な人も無神経だと僕は思う。
人間しんどい時もある。そういう時に頑張らなきゃでは、苦しいだろうから、「明日で、いいや」って、いいかげんになるほうが血の通った人間らしい。
「そこそこ」出来てたら、十分じゃない?
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