帰ってきた男達【鹿島アントラーズ】

クラブ初のヨーロッパ人監督を招聘し、従来のブラジル路線からの脱却、そして”欧州化”を進める変革を掲げた鹿島アントラーズだったが、その挑戦は道半ばで終わりを迎えた。

今シーズン開幕前、スイス人監督のレネ・ヴァイラー氏が就任。国内リーグの強豪・アンデルレヒト(ベルギー)、アル・アハリ(エジプト)での優勝経験があり、勝利の味を熟知している監督ということで、鹿島の伝統ともいえる”強者のメンタリティ”にマッチする人材として期待されていた。

事実、個の能力を生かして素早い切り替えから縦に速い攻撃を仕掛ける、シンプルかつ破壊力のある戦術で第15節までは首位に立ち、優勝争いの急先鋒としてリーグを引っ張り続けた。

しかし、7月以降リーグ戦5戦未勝利。特に重要だった横浜FMとの首位攻防戦、広島の上位戦での連敗で5位に転落し、その翌日に解任が発表された。

とはいえ、まだ5位だ。早すぎる判断にも思えるが、内部での軋轢が報じられていたこともあり、常勝・鹿島の復活の為にはこのタイミングこそが決断の時だったのであろう。

後任に決まったのは今年からヘッドコーチを務めていた、岩政大樹氏。

前述したブラジル路線を歩んでいた鹿島はジーコ、トニーニョ・セレーゾ、オリヴェイラらを始めとしたブラジル人監督が多く、30年のクラブの歴史で日本人監督は5人目の就任となる。(過去に務めたのは宮本征勝、石井正忠、大岩剛、相馬直樹。)

しかし、あくまでも言っておきたいのは、岩政大樹監督の就任がよくある場当たり的なスライド人事という訳ではないという事。

プロ指導初年度ということもあり、まずはヘッドコーチでの入閣から時期を見てトップを任せるという予定は狂ってしまったが、鹿島アントラーズOB屈指の戦術家の監督就任は、鹿島サポーターのみならず多くのJリーグファンが待ち望んだ光景だ。


☆智将

岩政大樹監督のキャリアは決してサッカーエリートとは表せないものだ。

県立岩国高校時代に国体代表に選ばれるなど活躍し、その後は東京学芸大学に一般入試で進学。強くプロを志望していた訳ではなかったが、1年時に関東リーグ新人王、2年時に全日本大学選抜、3年時にはU-22日本代表と一気に駆け上がり、2004年に鹿島アントラーズに入団。

2008年には日本代表にも選出され、鹿島アントラーズの絶対的なセンターバックとしてJリーグの歴史で唯一の3連覇に大きく貢献。そして、2013年末に10年間在籍した鹿島を退団した。

その後はタイ・プレミアリーグ、J2岡山と舞台を移し、現役最後のクラブとなった東京ユナイテッドで選手兼コーチとして指導者の道を進み始めた。

2021年からは上武大学サッカー部監督と准教授を兼任。育成・戦術の両面でその力を発揮し、満を持して2022年鹿島アントラーズに凱旋。リーグが開幕した後は、来日の遅れたヴァイラー監督に代わり4試合を監督代行として指揮。見事3勝1敗の好スタートを切り、ヴァイラー監督合流後はヘッドコーチに戻って、屋台骨としてクラブを支えた。

しかし冒頭で述べた通り、リーグ中盤での監督交代。

急転直下の展開の中での初戦だったが、第25節アビスパ福岡戦に見事勝利。選手たちのモチベーションを下げず、むしろ一体感がより増した戦いを見せ、リーグ戦6試合振りの勝利で初陣を飾った。

第26節湘南ベルマーレ戦は両者切り替えが速く、お互いにゴール前に堅いブロックを敷くタフな試合だったが、アウェイで勝ち点1を確保。暫定ではあるが順位を3位に上げた。

ここから残り8試合。最終ラインの安定感に欠きリーグワースト5位の失点数を記録してしまっている守備の立て直しは、3連覇を支えたセンターバックでもある岩政新監督の腕にかかっている。

攻撃から入りシームレスに守備に移行するという岩政新監督の哲学を体現し、引き続き優勝争いに絡んでいけるか。



☆魂を宿す男

失点数の多さも気になるが、鹿島が後半戦不調に陥った原因の1つはやはり得点力の低下だろう。勝利から遠ざかった5戦の内3試合は無得点。序盤戦に見せていた、押し込まれる展開からでも縦に速い攻撃で得点を捥ぎ取る火力が、すっかり影を潜めている。

最大の要因は、前半戦だけで10得点を挙げた上田綺世がセルクル・ブルッヘ(ベルギー)に移籍したこと。JリーグNo1のセンターフォワードの存在はその数字以上に重要で、不在の影響は想像していたよりも大きかった。

更に、昨年は上田に次ぐ10得点を挙げ、ベストヤングプレーヤーを受賞した新10番・荒木遼太郎も怪我により長期離脱。2020シーズン18ゴールを決めたエヴェラウドも、この2年間は嘘のように得点を奪えていない。

そんな中、前線で圧倒的な存在感を放つのが、鈴木優磨だ。

彼も岩政監督同様、今シーズンから鹿島アントラーズに戻ってきた男。

小学校から鹿島の下部組織で育った生粋の生え抜きで、2016年にリーグ優勝と天皇杯の2冠、2018年にはACL制覇を経験。

その後、シント=トロイデンVV(ベルギー)に移籍し、2020‐2021シーズンには17ゴールを挙げる大活躍。夏の移籍市場ではセリエAへのステップアップも噂されていたが、2022年1月に鹿島への復帰が発表された。

背番号は40番。欠番となっていたレジェンドの中のレジェンドである小笠原満男の背番号を選び、彼らしく自らに大きなプレッシャーをかけた。

その覚悟の通り、現在チーム最高の7得点だけに留まらず、守備にゲームメイクに様々なタスクを請け負い、副キャプテンとしてゲームキャプテンを務めるなど、まさしく獅子奮迅の活躍を見せている。

そして何よりも、感情を剝き出しにする性格・姿勢を持って無冠の続くチームに王者としての意識を植え付け続けている。


岩政大樹監督は監督代行を務めていた2月に行われた王者・川崎戦の前に
「自分たちがまた新しい時代を取り返しにいくということを示す試合になる」と発言。

鈴木優磨は入団会見で
「このクラブを優勝させるために帰ってきました。」と挨拶の言葉を述べた。

2019年から3年間タイトルから遠ざかっている現状は、強かった鹿島に関わってきた者にとっては有り得ない姿なのだろう。


第4節神戸戦、そして第25節福岡戦。鈴木優磨は得点後に真っ先に岩政監督の元に走り、飛びついた。鹿島を強くする為に戻ってきた男達の熱い抱擁だった。

この2人が揃ったとなれば、鹿島アントラーズが新たな王者の歴史を創っていく姿を期待せずにはいられない。

魂は引き継がれる。

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