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滅びの国

王国は既に潰えていた。
彼女が甘受してきたあまりにも贅沢な生活は
彼女が望んだ物では無かったが王族達の贅を尽くした暮らしはその民からの簒奪によって成立していたものだ。
それだから王族を倒し主権者となった民が彼女を赦すわけがなかった。
そのままにしておけば親族とともに残酷な死が与えられたであろうがまだあまりにも幼すぎそういう事がわかる筈もない彼女を哀れに思った王族に仕えた魔法使いが最後の力を振り絞り彼女の姿を子鹿へと変えて城外へと逃したのだ。
自身も殺到する民の目を盗みなんとか逃げおおせることができた。
彼はやがて時間が経ち人々が関心を失ったら彼女を探し出し元の姿に戻すつもりだった。
その為に他の子鹿と間違えないように耳だけは彼女のままにしておいたのだ。

子鹿になった彼女は民に見つからずにわりと早く森に入ることができた。

だが、その時点で子鹿の脳の容量では彼女の元の記憶は霞のようにしか維持出来ず彼女は子鹿として森で暮らしはじめていた。

しかしヒトの耳をつけた子鹿はやがて狩人の噂にも上るようになり本来なら子鹿と牝鹿は狩の対象とはなり得ないものなのだが見せ物として生きたままなら構わないだろうと賞金までつけられて追い回されるようになっていた。

彼女は追われて森の奥へと逃げ込んだがやがて冬となり食べるものも乏しくなっていた。
他の鹿達は群れで行動していたが彼女は初めから他者でありその群れには入ることが出来なかった。
だがそれ故に狩人からは逃れられたのだが飢えと耐え難い孤独が常に彼女を追い詰めていた。
やがてなにもかもが凍りつく冬が到来し飢え雪の下の僅かなコケや木の皮をむしるように食べてなんとか飢えを凌いでいた彼女は狼に追われ逃げまどい小川の木陰に身を隠したがそのまま水が凍りつき足がとられ動けなくなってしまった。
夜が来て雪が降り始め彼女も小川も木陰もなにもかもが雪の中に埋もれてしまうのにそう時間はかからなかった。

春になりようやく民の関心がかつての支配者への断罪から仲間内の権力闘争へと切り替わった頃に魔法使いは耳のある子鹿の話から山に入り彼女を探し続けていた。

雪が溶け始めて小川に水が戻り始めた頃、山菜や薬草を取りに森の奥に入ったかつての魔法使いの弟子の一人が小川のそばの木陰で彼女を見つけた。
彼女は凍ったまま立ち尽くしていてそれが木漏れ日でとても気高く美しくみえた。
既に心臓は止まっていたが身体は綺麗なままだったので魔法使いなら生き返らせる事が出来るかもしれないと彼女を水からだして木陰に置いて魔法使いの元に走った。
たが魔法使いが着いたときには既に獣に食い荒らされていてそれは彼女だったモノになっていた。
水から出した事で彼女を追っていた狼達が嗅ぎつけてしまったのだ。
それでも残されていた頭部をやっと回収して魔法使いは大切に持ち帰った。

彼女の不幸を想うととても辛く悲しかったがそれでも持ち帰ったバラバラになった頭部を出来る限り丁寧に組み上げて額に飾った。

不思議な事に唯一ヒトの証だった耳だけが残っていてそれはほんのりと赤みがさしまるで生きているようで闊達だった彼女を思わせるものだったのだ。


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