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マンション建替物語 番外編

1.合意形成要件の緩和の影響

 2022年1月7日の日経新聞の記事にもあるが、政府はなかなか進まないマンションの建替を促進するために、マンション建替の合意形成に必要な賛成割合を従来の4/5から3/4に緩和する方向で検討をしている。私の経験から判断するとマンション建替決議はかなり容易になると思われる。賛成票を75%まで増やすことはそれほど困難ではなかったが、そこから80%以上へと増やすためには時間と大きな労力を要したからである。従い、この条件緩和は今後のマンション建替の合意形成を加速させる可能性がある。しかし、それが建替マンションの区分所有者にとって幸せな建替につながるかどうかは別問題である。
 むしろ、要件緩和により十分な議論がなされず、デヴェロッパーに有利な建替条件になったり、少数者の切捨てに繋がり建替により少数であっても区分所有者が不幸になる様な建替が増えることを危惧する。
 合意形成のハードルが高ければ高いほど、管理組合理事会はより多くの権利者に認めて貰える様に、より優れた建替計画の作成に尽力することにより、時間はかかるが区分所有者の満足度は向上するからだ。また、たとえ殆どの人が賛成しても、1人でも不幸になる様な計画であれば、その建替は推進するべきであろうか?
 マンション建替は発案より建替マンションの竣工まで順調に行っても10年以上の時間がかかる長期プロジェクトだ。従い、長期的な視野に立ち建替を本気で推進する為には、国としてなすべき必要で重要な制度変更は他にも多くある。

2.本当に必要な制度変更

1)借家人対応

 マンション建替の三手法のうち最も新しい制度である敷地売却制度に関しては借家権の消滅が法定されており、借家人の同意は不要である。しかし、最も一般的な建替手法である円滑化法案では建替決議は借家契約の契約解除の要件ではなく、建替推進のためには借家人契約解消の交渉が必要になる。私が関わった建替事例では、当初より借家人の間でSNSを通して立退料として百万円取れると言ったような情報が流れたこともあり、立退交渉は困難が予想された。実際には殆どのケースで円満な交渉で契約は解約されたが、中には裁判所の仲裁を受けるまで拗れたケースも全体の1%程度はあった。また、法外な立退料を支払わざるを得ないケースもあった。この様な問題を避けるため敷地売却制度と同様に借家権の消滅を法制化する必要がある。敷地売却制度では、立退料に触れられているもののその額についてはなんら規定が無い。従い、立退料の額について揉める可能性はある。そのような事態を避けるため、また、借家人が路頭に迷わぬ様、借家人保護の観点からも立退料の最低額〜最高額の様な基準を定める事も必要だろう。

2)リバースモーゲージ

 建替に必要な資金の融資を銀行から受ける事ができない高齢者のために住宅金融支援機構による建替のための融資制度(まちづくり融資)がある。リバースモーゲージ制度の1種である。しかし、この制度には大きな欠点(問題)がある。それは不動産が担保となるため融資の実行は建替マンションの竣工後になる。しかし、これでは建替工事中の転居費用を賄うことはできない。そのために建替に賛成できない高齢者も少なからずいるはずである。我々は、この問題を解決するため、建替組合が銀行融資を受け、それを資金を必要とする区分所有者に融資、住宅金融支援機構からその区分所有者に融資が実行された段階で組合融資分の返済を受けるという規約を設けることでこの問題を解消した。しかし、融資を必要とする区分所有者が多ければ資金不足に陥り、融資は実行できなかっただろう。従い、この公的融資制度を有効的に活用できるようにするために融資の実行時期を建替の権利変換手続き完了時点に改める必要がある。

3)UR住宅、都営住宅の斡旋

 居住者は建替工事着工前に転居しなければならないが、多くの人にとって引っ越しは厄介な問題である。特に高齢者にとっては期間限定とは言え、受け入れてもらえる住居を探すのは簡単ではない。現在、建替のためにUR住戸の斡旋制度がある。しかし、近年、毎年各地で自然災害で家を失う人が増えており、そのような自然災害で住居を失った人達の入居を優先させたため、建替のための転居用の賃貸住戸の数が大幅に減少している。我々の経験でも熊本の大地震の被害者の受け入れが優先されたため、建て替え用のUR住戸の確保は抽選となり、多くの人が抽選に外れ、工事期間中の賃貸料の負担も増えた。残念ながら、温暖化の影響は今後もより厳しくなり、自然災害は増えて行くだろう。また、建替えも増えて行く。この様な状況下では建替転居用にURの様な公的な賃貸住戸の供給量を増やす事が建替推進には不可欠だ。

4)容積率の緩和制度

 私が関わった建替案件では総合設計という制度が適用され容積率を400%から700%に割増できた。また、容積率の計算方法も昔と異なり、実質的に専有面積は2倍になった。しかしながら、容積率の上増しを検討したときに実に色々な法制度があることが分かった。また、総合設計制度を選択した後でも港区役所及び都庁の両行政機関との節操が必要で最終的な認可が降りるまでかなりの時間を要した。
 管理組合が初めからはっきりとしたビジョンを持って計画を作成できるよう容積率緩和の制度をシンプルかつ明確にし、認可に関わる行政機関を一本化すべきである。

5)建替のための補助金

 マンション建替を促進するために色々な補助金が設定されている。ディヴェロッパーに建替提案を依頼した時、期待できる補助金に関しては各社見積もりがばらばらであった。また、実際にもらえる補助金についても竣工時まで最終的に確定しないと言う状況である。これも監督行政機関の一本化、補助金制度のシンプルかつ透明性が求められる。

6)管理組合機能不全のマンションの建替

 日経新聞の記事の中でコンドミニアム・アセットマネジメント渕上代表がコメントしているように老朽化マンションの中には管理組合が機能しておらず、マンション建替の議論すら行われないマンションがあると言う。その様なマンションの実態については把握できていないが、一定数あることは事実であろう。マンション建替の主体は管理組合であり、それが機能しなければやがては一時話題になった滋賀県野洲市のマンションの様な廃墟の様なマンションが増えるのだろうか。そうならない為には、社団法人再開発コーディネーター協会の様な公的機関が「ある一定数以上の区分所有者が希望すれば、敷地売却制度を活用したマンション買取を提案し合意形成を促す(円滑化法では建替推進主体は管理組合にあるため円滑化法の採用は困難で、敷地売却制度が最適であろう。)と言うコンサルティング機能の制度化も必要になるだろう。そしてその公的機関は住人の転出先の斡旋、公的融資の斡旋等をも担当しなければならない。そしてかつての住宅公団の様な公的機関を創設し、合意形成が成立すればその公的機関がマンションを買取る。その買取価格は土地の公示価格を基準とし、定率の指数をかけて算出すれば、公平性、透明性が確保される。マンション買取後は土地をディヴェロッパーに売却するか、自らがディヴェロッパーとしてマンションを再生、販売すると言った踏み込んだ制度の創設が必要になるだろう。もちろん、管理組合が主体となり推進するマンション建替とは経済条件も、目的も異なるものになるが、マンションの廃墟化を防ぐ為には国としての思い切った対策が求められている。

以上


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