地方の本音――べからず集ではなくチュートリアルを
(※見出し画像は任天堂「あつまれどうぶつの森」公式サイトより引用)
まったく仰るとおり、だったが……
今年2月福井県池田町の広報誌が掲載した「暮らしの七ヶ条」が議論を呼びました。
首都圏と新潟の2拠点で活動する筆者のSNSにも、この記事には様々な意見が寄せられました。わたしの印象は「仰ることごもっとも。けれども都会もんとしては、『初見殺し※』だな」というものです。
公開されているPDFから、七ヶ条を見ていきましょう。(太字強調は筆者による)
新聞各紙でも強調した第4条、第5条が大きく取り上げられており、住民からも批判の声があがったようです。
1年のうち3分の2ほどを新潟県北部で暮らす筆者も「本音(正直)過ぎる!」と言わざるを得ません。たしかに第7条にあるように人口減少が続く地方では、住民参加で清掃や雪国であれば雪かきをしなければ、生活が成り立たないという現実はあります。この冬の大雪でも、自分の家の前の雪かきを1日でも怠れば、近所の方の通り道が塞がってしまうという状況でした。東京暮らしが長かった者としては、毎日がボランティア・支え合いという感じでビックリする場面です。
そんな相互扶助を前提とするコミュニティのなかでは、都会のようなプライバシーはなかなか確保できず、都会の価値観を共有するのも難しいのも事実です。
欠落する「手ほどき(チュートリアル)」
もともとその地に暮らす人には、移住者にはない先行者利益があります。それは、コミュニティにおける文化をお祭りなどの地域行事を通じて幼いときから教わり、そこから生まれる利益(あるいはそれを守らなかった場合のペナルティ)も実体験として獲得しているという点です。
その地で生まれ育った人(地域学では「土の人」と呼んだりします)が当たり前に獲得しているこの経験は、歳を取ってからの外国語習得が難しいように移住者にとってはハードルとなります。そんな移住者に「品定めがある/プライバシーが無いと感じる」と脅かせば、たとえそれが事実、実感だとしてもどうなるでしょうか? 上記の記事で紹介されている住民の意見にあるように「選択肢から外される」のは自然だと思います。
では必要なものは何か? それは七ヶ条のような「べからず集」ではなく「手ほどき(チュートリアル※)」ではないかと思います。自治体などが発信する「キラキラとした魅力」と地域の現実とのギャップはどこも大きなものがあります。観光パンフレット的な「自然の豊かさ」と家賃などの生活費が安いことに惹かれて移住者が押し寄せれば、地域コミュニティとのミスマッチが起こらない方が不思議です。そんな移住者に「これが守れないなら来るな」という条件を示すのではなく、「来たらまずこれを体験してほしい」というチュートリアルが必要だと思うのです。
その地で十年以上をかけて体得した地域の文化を、ひょっこりやってきた移住者に体得させるのにはそれなりの手間とノウハウが必要になります。また、以前、別の記事でも書きましたが、紙の広報誌は若い住人には読まれていません。やはりオンラインでの発信と、彼らとの関係構築(エンゲージメント)が必要になってきます。
ガイド/橋渡し役としてキャラクター活用を
わたし自身5年前に新潟にやってきたときには、「同じ日本でもこんなに違うものか」と様々なギャップに面食らいました。その土地・コミュニティで共有されている「当たり前」の暗黙知(個人の経験や勘に基づく、言語化されていない知識)は、新参者にとっては察知することが極めて難しく、まさに初見殺しとなります。ゲームであればやり直せば良いけれども、地域の小さなコミュニティでしくじってしまうとリカバリーは大変です。(リカバリーのための労力に見合うためのリターンがあるのか……と冷静になってしまう人もいるでしょう)
チュートリアルはそういった不幸な、土地の人からは見えにくいミスマッチを防ぐためにとても重要になってきます。ゲームのチュートリアルも、その後のゲームプレイへとスムーズに導くため、工夫に工夫を重ねて設計されています。
チュートリアルだけでなく、ゲームなどのソフト開発全般に言えることですが、開発者はプレイヤーに実際にテスト版などを使ってもらいながら、不具合や課題を抽出し改善していきます。移住者向けのチュートリアルであれば、他の土地から移ってきた人などに、事前に内容を見てもらってフィードバックを反映していく作業は欠かせません。
そして地域外からやってくる人に、手引き・手ほどきを行う際、ゆるキャラなどのキャラクターの魅力やそれにまつわる物語コンテンツの力を借りない手はありません。地域の人が直接伝える(言語化する)のが難しい/手厳しいような内容も、キャラクターが伝えることで親しみをもって受け止めてもらうことも期待できます。ゲームの世界でばっちりその役目を務めているのは『あつまれどうぶつの森』の「たぬきち」が挙げられるでしょう。
「たぬきち」は無人島に移住してきたプレイヤーに対して、テントや地図を渡したのち、木の枝やフルーツを集めてくるよう指示(お使いミッション)を出すなど、ガイド役となるキャラクターです。チュートリアルののち、ゲーム内の様々な操作もできるスマホも渡してくれるのですが、その代金に加え、それまでの渡航費や人件費などを請求してきて、プレイヤーは巨額のローン返済が一つの目的となり、ゲーム本番に臨むという流れです。もしユーモラスなキャラクターを介してではなく、いきなりアイテムとミッション、そしてローンが提示されたら、多くのプレイヤーは離脱してしまいますが、そうならないよう工夫が凝らされているというわけです。
物議を醸した「七ヶ条」も、もし「たぬきち」のようなキャラクターが語りかける体裁で、移住者にステップバイステップでアイテムを渡しつつ、ミッションをクリアしてもらいながら、「都会の価値観の押しつけはダメだよ」と釘を刺すチュートリアルだったとしたら、全然印象は異なっていたはずです。(※あるいは、地域にたぬきちのようなユニークな人物がいれば、そういった人がチュートリアルのガイド役を務めるということも期待できますが、そういったケースは稀です)
地域×コンテンツ、というとテレビアニメなどの著名キャラクターの活用が想起されがちですが、地域のゆるキャラにも地域外の人々とのインターフェースとなってもらい、コミュニケーションを円滑にするという効果が期待できるのです。
書いた人:まつもとあつし
ジャーナリスト・コンテンツプロデューサー・研究者
IT・出版・広告代理店、映画会社などを経て、ジャーナリスト・プロデューサーとして約10年活動ののち、2019年に敬和学園大学人文学部国際文化学科に着任(准教授)。同年NPO法人アニメ産業イノベーション会議を設立(理事長)。情報メディア・コンテンツ産業に関する教育と研究、また学生とプロジェクトを行う事で、プロデューサー人材の育成を進めている。デジタルハリウッド大学院DCM修士(専門職)・東京大学大学院社会情報学修士(社会情報学)。経産省コンテンツ産業長期ビジョン検討委員(2015)など。著書に「コンテンツビジネス・デジタルシフト」(NTT出版)、「地域創生DX」(同文舘出版)など。間野山研究学会理事。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?