見出し画像

ハード・シェル

 インドヒマラヤ・メルー中央峰、通称シャークスフィンの標高約6200m地点。

 PM4時30分頃。夕闇が迫るタイミングで雪が降り出し、流れ始めたスノーシャワーはだんだん激しさを増してきていた。見上げる主稜線はもうかなり近い。そう感じてからもう幾ピッチロープを伸ばしただろうか。雪煙が激しく沸き立っている。白い龍が何匹も次々と飛び立っていくようなその様
子はなかなか美しい光景だった。こちら側は無風に近いが主稜線上では猛烈な強風が吹き荒れているのだろう。

 スノーシャワーに耐えながらビレイをする。その真っ只中へと岡田がリードしていく。でかいのが来た!これはもう十分に雪崩と言ってもいいくらいだ。慌ててすぐにクライムダウンして戻ってきた。私達のルートはここまで、広大な氷雪壁の中で唯一ここを登れと言わんばかりに繋がる氷の筋道をたどってきた。喜々として登ってきたものだが、それが今大きな脅威にさらされている。そこは雪崩の通り道だからこそ磨かれて良質の氷が露出していたのだ。

 右手のミックス帯へとはどうかと岡田にすすめた。しかしサラサラの雪と悪い岩質でプロテクションがなかなか取れないようだ。もうかなり暗くなってきておりリスクが高い。10mほど登ってそこから再び退却してきた。

 となれば選択肢は2つ。激しいスノーシャワーの中を敢えて登るか、降雪が止み明るくなるまで待つ(過酷なビバークを意味する)しかない。自分の腹はすでに決まっている。

 岡田からロープを受け取るとスノーシャワーの直撃コースへと向かった。
硬くて傾斜のある氷壁には、ダブルアックスという技術を使う。両手に持つアイスアックスを打ち込み、両足のクランポンを氷に蹴り込んで攀じ登っていく。それぞれの刃物は1.5㎝程も食い込めば上出来だ。

 ヘッドランプを点けた。視界がぐっと制限されたように感じる。早速1発目のスノーシャワーを喰らうがしっかりアックスを握り衝撃に耐える。ザザーッと全身を激しく叩く。あっという間に胸元に雪が溜まってゆく。幸いこの重みで体が剥がされることはなかった。安堵感と「これなら行ける!」という手ごたえに闘志が増す。

 約5分間隔。その間に高度を稼いではスノーシャワーに耐える。アックスを叩き付けるように深く刺す。たとえ片腕でぶら下がることになっても絶対に抜けないように。はがされたら終わりだ。磯辺に生息する貝類のように殻で身を守りながら荒波の中を少しずつ確実に前進していく。ビレイする攀友達も暗い酷寒のなかで壁にぶら下がりじっと耐えている。皆なにを考えているのだろうか。時には、アルパインクライミングにとって耐えるということが成否を分ける大事な要素になることもあるものだ。

 私たちはその晩の厳しいビバークにも耐え、翌AM7時30分に念願のシャークスフィンの頂上に立つことができた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?