03_常盤御前
【シール解説】
完全なる自己満足企画の第三回は「常盤御前(賢女烈婦傳①)」です。
2011年に、歌舞伎の演目がファミコンゲームだったら?という体で解説する『かぶきの攻略本』というブログをやっていました。
ペース配分を間違えたせいで3ヶ月しか続けられなかったのですが、その中で取り上げた「一條大蔵譚」に常盤御前が登場するということで勉強したため彼女にはそれなりに思い入れがあります。
常盤御前は波乱万丈の人生を歩みながらも芯を強く持ち続けた強い人、もしくは強くあらねばならなかった人という印象です。
浮世絵の題材としても好まれたくさん描かれました。国芳も何点か描いていますが、この賢女烈婦伝の常盤御前が頂点ではないかと思っています。
雪の中、幼い子供を3人連れて平家の追手から逃げる場面、本人は身をやつしているつもりかも知れませんが元々の身分の高さが滲み出てしまっていて、見つかるのも時間の問題ではないかと心配になります。
賢女烈婦伝の常盤御前はその滲ませ方がわざとらしくなくて非常に粋です。
浮世絵マンにおいては、シールオモテ面の名前の前半「常盤」が笠の裏に隠れてよく見えず「御前」だけ丸見えという構図で、どうしても滲み出てしまう上品さを文字でも表せたように思います。名前(常盤)まではわからないけど身分の高さ(御前)は隠せていないといった状況ですね。
これは偶然の産物なのですが、私の場合こういった偶然との出会いが物を作る楽しさの大部分を占めます。
はい、では今回も裏書きについて解説していきましょう。
【裏書き解説】
・かつて千人相手に勝上りミス平安京に輝いた美女中美女は
「美女」という言葉を使うかどうしようか悩んだ覚えがあります。
ただ常盤御前の出自を説明する上で「ミス平安京」に選ばれたことは、美しいと評されたことで進む人生が決まってしまう彼女の境遇のスタート地点として避けられない気もします。
・夫で源氏棟梁の源義朝殺され一落千丈。
「源」の漢字一文字に「みなもとの」と長いルビを振るパターンは浮世絵マンあるあるですが結構きついです。さらに「義朝」→「殺され」と漢字が続くので、本来はルビに余裕を持たせないといけないところでした。
「義朝」「を」「殺され」のように助詞を挟めば良いのですが、これだとリズムが一気に野暮ったくなる上に、ここで一文字増やすと「一落千丈」の次の句点「。」が改行にかかる為、他でも一文字増やすか減らすかしないといけなくなるので厄介です。
こうして悩んでいると、裏書きを隙間なく完成させるパズルゲームがあってもおかしくないな、などと考えます。ボケ防止に良いかもと思う反面、妄言が増えそうでもありますね。
・幼き遺児三人連て逃避行だが
国芳が描いた賢女烈婦伝の常盤御前は、子供3人の隠し方に遊び心が感じられるところが大きな魅力のひとつであることは間違いありません。
なので、元の浮世絵を知らない人がシールを見ても絵の中に子供が3人描かれていることに気付けるよう、裏書きに「遺児三人」と書くようにしました。
・胸に抱きし遮那光明は何としても守り抜く!!
絵の中で常盤御前が胸に抱いている牛若丸が後に鞍馬寺に預けられたとき名乗った稚児名が遮那王なのだそうです。つまりこの時はまだ遮那王という名ではありません。
ですが、源氏の残党である常盤御前は常に未来に対する希望を糧に生きていたように感じるので、「後に遮那王と名乗るこの子のもたらすであろう光明」とまだ見ぬ未来を引き寄せるような言葉で希望を感じさせるのが良いだろうと判断しました。
そういった意味を孕んだ「シャナシャイン」という響きには前向きな力強さが感じられ、なかなか気に入っています。
考えてみると歌舞伎、ひいては浮世絵に描かれる源氏は常に未来への希望を拠り所にしていて、またそれを疑うこともしません。そんなところが江戸時代の素直な庶民に受けたのでしょうか。
現代の日本で源氏の行動原理が理解されるのか疑問ですが、個人的には今際の際まで未来への希望をなくしたくないと思いながら生きています。クサッ!
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以上、今回も長々と失礼いたしました。最後までお読みくださった方、ありがとうございます。
またこんど!!
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