他人は、自分の心を移す鏡。

最近、自分の中の何かが、ちょっとだけ吹っ切れた。

自分の中の”思い込み”というものは、"刷り込み"に近かったのかも知れないということに気が付いてから。

最も影響があるのは、両親からの刷り込みだと思う。もちろん、良い・悪いと言っているのではなく、事実としてある・ない、と言うに過ぎない。

"好きなことを仕事にするのは、夢のようなもの。難しい。"

"現実は、厳しい。自分の気持ちを抑制しないと生きていけない。やりたいことでは稼げない。"

"金融に関する仕事が自分に合っているし、関わるべきだ"

こうやって、無理矢理、金融に興味があるふりをしていたのかも。

今思えば、全然興味ないや。笑

私の心が踊る瞬間は、金融の世界にはなかった。むしろ、ドキドキは、冷や汗から来るものだったと思う。
こうやって、自分の中の、本心ではない価値観が形成されていった気がする。

本心と真剣に向きわなかったわけではない。やる前に、言い訳していただけだろう。
やりたいことが出来ない理由を探して、安住してたのかもしれない。でも、安住と言えども、どこかで苦しい想いをずっと引きずっていた。

なぜ気が付いたのか。

周囲にいる人が、自分の好きなことをしていて、とても満足度の高い人生を送っていることに気付いてからである。

最初は、ちょっとアレルギー反応が出てしまった。
嫌いとは違う、違和感である。

理由がわからなかった。
本人の努力も分かっていたのに。

"自分が本当に好きなことを出来ていないからだ" と気が付いた。

じゃあ、やれば良いじゃん、って。
それだけ。

他人に対して、何か心がざわつく時、それはチャンスだと思った方がいい。
自分の中に眠っている何かが、サインを出しているのだと思う。

それに気が付けると、もっと楽になるし、人生の満足度は上がると信じたい。

だから、そういう人を見て、嫉妬するのも違う

なんで嫉妬するの?自分の心の声を聞いてみて。好きなことをしている人が羨ましい?それは、あなた自身が出来ていないという心の叫びなのでは?本当の心の声、聞けてラッキーと思った方がいいかも。


心の声がザワついたとき、よくその声を聞いてみると、何かが変わるかもしれない。

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