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ペーパーバックを読む④

同学年:キンジー・ミルホーンとハリー・ボッシュ

私は1951年の早生まれなので、同学年と言うと1950年生まれの人が多い。この学年は、学生紛争の影響で東大入試が中止になった年に大学を受験したという共通の記憶を持っている。私は個人的に「薫くん世代」と読んでいます。薫くんというのは、庄司薫の小説「赤頭巾ちゃん気をつけて」の主人公で、日比谷高校生。東大の入試が中止になったり、長年ともに暮らしてきた犬が死んでしまったりして精神の危機に陥り、様々な彷徨をするという物語だ。サリンジャーのモノマネだなどと言われながらも、芥川賞を受賞してベストセラーになり、映画化やテレビ化もされた。当時、日比谷高校で薫くんの同級生だったかもしれないのが、内田樹さん。同学年には他に、(こちらは灘高卒だが、)高橋源一郎さんらがいる。このご両人は、私の同学年ながら、今でも尊敬している。なお、村上春樹が文壇に登場してきた時、私は、庄司薫が名前を変えて再登場したと思った。というのは、庄司薫は以前に福田章二という名前で作家活動をしていたことがあるからだ。評論家の大塚英志さんが私と同じようなことを書いていた。

さて、ペーパーバックの話なのに、どうしてこんな事から書き始めたかというと、今回、紹介しようとしている、キンジー・ミルホーンとハリーボッシュが私と同学年だからなのだ。もちろん、彼らは小説の登場人物だし、アメリカと日本では学制が違うので単純な比較はできないわけだが、少なくとも私は、彼らを自分の同学年だと思って愛読してきた。このあたりで、キンジー・ミルホーンって誰?ハリー・ボッシュって誰?という声が聞こえてきそうですね。説明しよう。キンジー・ミルホーン(Kinsey Millhone)は、スー・グラフトン(Sue Grafton)の "A" Is for Alibi 「アリバイのA」、"B" Is for Burglar「泥棒のB」、"C" Is for Corpse「死体のC」と続く、「アルファベット・ミステリ」と呼ばれるカリフォルニアの女探偵シリーズの主人公の名前です。私はこのシリーズの長年の愛読者で、最後の"Z"まで付き合おうと思っていたのだが、作者のグラフトンが2年前に、"Y" Is for Yesterday 刊行後に77歳で死んでしまい、とうとう最後の"Z"を読むことはできなかった。と思っていたのだが、この文章を書くためにネットで色々と調べたら、このシリーズは"R"以降は日本語訳が出ていないんですね。それにも驚いたが、もっと驚いたのは、"Z"が、どうやら今夏にペーパーバックで出版されるらしいということ。どういうことだろう。遺稿があったのか、それとも誰か別人が故人の構想を文章化したのか。まあ、どちらにしても楽しみができた。

というところで、キンジー・ミルホーンの経歴。Wikipediaの英語版には、面白いことに、架空の人物のバイオグラフィーも載っている。それによると、彼女は1950年5月5日に生まれた。母親は裕福な家庭の生まれだったが、親の反対を押し切って結婚した。しかし、キンジーが5歳の時に、その両親が交通事故で死亡。キンジーは母親の妹であるジン叔母さんに育てられた。母親の実家とはずっと疎遠だった。短大を中退したキンジーはサンタ・テレサ(カリフォルニア州の架空の街)の警察官となったが、それも2年でやめて、叔母さんの勤め先だった地元の保険会社の調査員になった。その後、キンジーは独立して探偵事務所を開設する。以下、かなり長い文章が続く。彼女の身長が5フィート6インチ(約168センチ)、体重が118ポンド(約54キロ)であることも書かれてあったのは、なかなか凄い。きっと、このシリーズの大ファンの人が書き込んだのだろう。

私がこのシリーズとこれだけ長く付き合ってきたのは、もちろん、同学年だということもあるが、キンジーが、特に優れた能力を持っているわけでもない、ごく普通の女性だったことに親しみを覚えたからだろうと思う。彼女は、叔母さんの死後、自らの出自を知って、裕福な母親の実家の人たちとの交流を再開した後も、ちっとも変わらなかった。90歳を超える大家さんの家の離れで、以前と変わらない独身生活を続けた。長く続いたシリーズだが、シリーズの中では時間の経過は遅い。30代半ばで登場したキンジーは、最後までアラフォーの魅力的な独身女性のままだった。彼女は今も、1980年代に生きている。

次は、ハリー・ボッシュ。Harry Bosch、本名は高名な画家と同じHieronymus 。Michael Connelly の創造したロサンゼルス市警の刑事(だった。)このボッシュを主人公とする人気シリーズは、1992年に発行された "The Black Echo"「ナイトホークス」に始まり、"The Night Fire" まで、現在まで22作が発表されている。やはり、Wikipediaで彼ハリー・ボッシュのバイオグラフィーを見てみよう。誕生日は書かれていない。そこに書かれているのは、ボッシュの母親はハリウッドの売春婦で、1961年の10月28日に殺された。その時、ボッシュは11歳だったということだ。つまり1950年生まれ。それにしても凄まじい履歴ですね。子供の頃、ボッシュは孤児院で過ごした。17歳で陸軍に入隊。ベトナムに派遣された。彼の戦場は、ベトコンが掘ったトンネルの中だった。悪夢ですね。無事に帰還したボッシュは、ロサンゼルス市警に入って刑事になった。そして、彼の活躍が始まる。このシリーズは、作を追うごとに時間が進行するので、現在、ボッシュは警察をとっくに退職している。しかし、これだけたくさんのファンを抱えてしまうと、彼に悠々自適は許されない。今も、若い夜勤の女刑事バラードとタッグを組んで、ボランティアでロサンゼルスで悪と戦っている。なお、彼は、元CIAの女性と結婚して、娘が一人いる。母親は香港で事件に巻き込まれて死んだが、娘は現在、大学で、警察官になる勉強をしている。

このシリーズの特徴は、もともと新聞記者だったコナリーが取材した、実際の警察の捜査手法を詳細に記述しながらも見事な推理と行動力によって難事件を解決していくことにあるが、それと同時に、特に最初の数冊において、ボッシュ自身の出生の秘密やベトナムでの悪夢の記憶をめぐる、まさに「地獄めぐり」のような、心を締め付ける心理ドラマの迫力にあった。出生の秘密を探る中で、ボッシュは、父親が高名な弁護士だったことを知り、その結果、「リンカーン弁護士」ハラーが腹違いの弟であったことを知ることになる。このシリーズの前半はドストエフスキー的で、後半はバルザック的だと私が思う所以はそこにある。このハラー弁護士のように、ボッシュのシリーズには、コナリーの他の作品の主人公が副主人公として度々登場してくる。現在の相棒バラードもその一人。そのため、アメリカでは、コナリーの小説の読み方の順番を書いた本が出版されているほどだ。つまり、このシリーズだけを順番に読んでいてもわからないことがある。結局、コナリーの小説全てを読むことになるのだ。これを「バルザック的」と私はいう。正直なところ、現在のボッシュは老いた。昔のような迫力はもうない。若い女刑事の手伝いでも仕方ない。でも、このシリーズが続く限り、私はずっと読み続けることになると思う。なお、このボッシュシリーズはTVシリーズになっているんですね。私は見たことがないが、ネットで写真を見ると、ボッシュを演じている役者が私のイメージとは違う。私のイメージするボッシュは、ラッセル・クロウ。まあ、人によって違うでしょうがね。まあ、小説好きにとって、映画化やドラマ化は、昔から悩ましい問題です。そういえば、庄司薫くん役を映画かテレビで演じていたのは、現在の東映の社長じゃなかったかな。


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