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春宵にて

久しぶりであったが、相も変わらず昔話が止まらぬ店主。何度聞いたことか、口にしたことか、やんわり「ああ、前も言ってましたね」と。こんなことを書くのもなんだけれど、料理も格別旨いわけではない。懐かしい味、心からの愉しい時間。夕暮の公園、葉桜が綺麗だと呟いたのは─

春宵の一刻/\が値千金である筈はなく、ある必要がない。通りを吹き抜けた風が花弁を攫ってゆく。三日月の下では街灯も柔らかい。阪急の終点で降りると、嵐山のちょうど真上にオリオン座のRigelが。どうやらThe Bandの音楽が耳の形にピタリと嵌ったみたいだ。鼓膜は歩みの駆動機関である。渡月橋を跨いで、夜が流れた。

Vienne la nuit sonne l'heure
Les jours s'en vont je demeure

日も暮れよ 鐘も鳴れ
月日は流れ 私は残る

アポリネール「ミラボー橋」

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眠れない夜に

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