カネコアヤノ『タオルケットは穏やかな』を聴いて
はじめに
カネコアヤノさんが1月25日に新譜をリリースした。アルバム名は『タオルケットは穏やかな』。
これまでのアルバムタイトル名と比べると文字数が多いことや曲数が少なくなったこと、「ひとりでに」ではなくバンドサウンド盤が既にモノクロジャケットなこと…これまでとは違った雰囲気を情報解禁時から既に放っており、どのような作品かとても楽しみにしていた。
彼女の曲は私にとっておまもりであり光だ。なんでもない日常を輝かせてくれたり、様々な要因でかさついた心に寄り添ってくれる。そんな曲たちがまた増えるということはすなわち…救いである。
音楽というものは人それぞれ感じ方が違い、作り手の想いからずれた解釈も時になされるものだと思っている。それは人の数だけ人生経験と感性があるから。
勝手な解釈で語ることを野暮に思われるかもしれないが、新譜を聴き胸がいっぱいになったこの新鮮な気持ちを忘れないように書き留めておきたいと思う。今後様々な経験を詰み感性を磨き、今の自分とは感じ方が変わる時が来るかもしれないが、それもまた楽しみだ。
01.わたしたちへ
こちらは昨年2月に化粧品のCMに書き下ろしで起用され、配信シングルもMVも出された曲。
サビを初めて聴いた時の衝撃は忘れられない。
力強い歌声ときらきらした水面のようなギターが輝く。
誰しもが抱えている葛藤。
変わりたいのにそう簡単に変われない、そのもどかしさを
「代わりがいない」という言葉で包んでくれた。
また、誰かに対する羨望・憧れのまなざしについても描かれている曲だと思う。
なんて切ない表現だろう。
"あの子"について、この曲は切ない描写で切り出す。
私にとってのこの存在はカネコアヤノさんだと思った。
まぶしくて、自分がどう頑張っても手の届かない、たくましく光り輝く存在。
羊文学『金色』、andymori『ジーニー』、UlulU『イルミナント』にもこれに近い表現があったな。
更に終盤に差し掛かると、下の歌詞が私の心を掴んで離さない。
大好きなひとにも安易に寄りかかることができないのは人間不信だとかそういった私の性かと思っていたが、これも一つの愛の形なのかもしれないと思わせてくれた。
MVについても、カネコアヤノさんが演技をしている面・構成の面どこを取っても良い作品だと思う。
彼女が演じる女の子が山奥の秘密基地のような場所に宝箱(缶ケース)を隠していて、その中に石やお花等を集めているシーンがある。
私はこのシーンが大好きだ。
山の中をずんずんと歩みを進めるたくましい女の子が誰の目にも触れない場所にこっそり集めている宝物。誰かにとってはただの小物かもしれなくても、彼女はそれを心の支えにしているように見えた。はたから見るとたくましく強く見えるひとにも、心の支えになる存在や宝物がある。
そしてバンドサウンドについて、語らずにはいられないことがある。
カネコアヤノバンドのドラマーをされていたBobさんが昨年3月に脱退。
Bobさんの優しく楽しいドラムが好きだった。とても悲しく飲み込むまで時間を要したが、Bobさんの選んだ道。Bobさんの今後をずっと応援していきたいと思っている。
この件も踏まえ、この曲が出た時にカネコアヤノバンドが新境地へと花を開花させたことを感じた。
音が変わっている。
轟音で始まるこのイントロは衝撃的だった。彼女の歌詞が持つ温かみとシリアスさに、激しさが同居している。更に弾き語りライブの際のヒリヒリ感・ライブ感も同居して聴こえた。
昨年春に弾き語りライブにてこの曲を聴くことができたが、バンドでのこの曲も生で早く聴きたい。
シングルとアルバムで変えて録っているところも二倍楽しめて嬉しい。アルバムの方は最後の音が宇宙っぽくて好きだ。『銀河に乗って』を彷彿とさせる。
この曲から幕を明けるこのアルバムは、私たちの心に新しい風を吹かせる。
02.やさしいギター
林さんのポコポコしたギターと、軽快なベースやタンバリンが印象的なイントロで始まるこの曲。思わず体が踊り出してしまう。
軽快なバンドのリズムとは相対するような歌詞がそこにはあった。
生きていく中で切っても切り離せない不安・別れ・もどかしさ・苦しさ。
だからこそ私たちは安心したいと願う。
そして、私がこれまでずっと考えてきたことがそのまま歌詞になっていて驚いた。
果たして優しいだけの人間でいることが誰も傷つけないことに直結するのだろうか、全肯定するばかりが愛の形だろうかと、よく考えていた。
それを「分からずにいたい」気持ち、がとてもよく分かった。
この歌詞を二回も繰り返してくれて、優しさや愛ついて向き合い悩んでくれて、ありがとう。
03.季節の果物
またまた彼女の文才が炸裂する曲。この曲の歌詞は凄まじいパワーを持っていると感じた。
偽りのない正直な言葉で描かれる彼女の日常。とってもとっても良い歌詞だ。
好きじゃないこと・嫌なことを、素直にそう思う心を忘れたくない。
サビの歌詞も全部素敵…。
優しさや愛について歌った前曲から引き続き、それを感じさせる歌詞が出てきて繋がりを感じる。
「海にはなりたくない」という歌詞は抽象的に思える。ただ広く包み込むだけの人間になりたくない意思なのか、はたまた、穏やかだったり荒波立てたりと海のように不安定でいたくない気持ちの表れか…私にはまだ鮮明に解釈できていないが今後この歌詞とずっと向き合っていくことになると思った。
そして、「季節の果物を分けあう愛」という歌詞が凄い。まさしくそれは紛れもない愛の形だ。
胸がちぎれそうになる。
傷つけあってしまうことに苦しみながら
それでも優しくいたいと多くの人が願っている。
優しく奏でられるアウトロは、これからも日々が優しく続いていくようにと祈るようだ。
04.眠れない
昨年秋にCM楽曲提供した曲で一部しか知らなかったので、音源化を楽しみにしていた。
夢の中を浮遊するようなギターの音色と歌詞の端々が優しい。
上の歌詞は動物と過ごす方のみならず小さなお子さんがいる方にとっても宝物になる歌詞ではないだろうか。
前曲の「ぼくは断るやりとり 苦手でした」とも繋がるような気がした。
断ったり執着したり、そういった行動をとった際自分を憎んでしまうことが多々あるが、「身体が素直なだけさ」という言葉に救われた。
そう思うと自分のことを大切にできる気がする。
誰かを想うことはすなわち明日も続くこと、明日を健やかに生きるための希望だ。
ここの歌詞がとっても眩しい。歌詞を直視できないほどに。
目が悪くなるという少し悲しくなる変化も、彼女にはこのように世界が広がって見えるのだ。なんて素敵なんだろう。
05.予感
先行シングル配信されていた曲で、アルバムリリース前からよく聴いていた。
軽快なベースを先導して歩むように始まるこの曲は、目まぐるしく音の表情を変え、カネコアヤノバンドの新サウンドを存分に魅せてくれる。
前曲の「最近目が悪くなって〜」という歌詞でも感じた眩しさと近い。
彼女の歌詞にはこういった、一緒にいるひととの日常が輝く様子が機敏に描かれる。
来ましたサビのパワーワード。
「天使を抱える」、お守りのような言葉だ。胸に天使抱えて生きてゆきたい。
涙をこらえるのが難しかった。できればいつでも笑っていたいし、傷は消えないし守りたいものだな。
中盤から林さんのギターが歪みを効かせ怒涛の展開を見せる。新サウンド、新構成だ。
彼女の伸びやかな歌唱に加えこのサウンド。この曲にはたくましさを感じる。
『わたしたちへ』同様、私はこのたくましいサウンドもとても好きだな。「歪んだギターが好きなポップな女」なもので。
06.気分
『予感』に引き続きシングル先行配信され、MVも公開された曲。バンドメンバーが演奏しているMVが嬉しい。
『予感』とはまた違った表情を見せるこの曲は、灰色がかった描写で始まる。
曲の雰囲気からすぐに、好きな曲だと分かった。
安易に通じ合えないひととの心の距離に対するもどかしさについてだろうか。
ありのままの自分を認め抱きしめてくれるようで温かい。
私も彼女のようにありたいと強く思った。
テンポや音の表情がころころと変化する様は、
サビで歌う、気分の変動を表しているようにも感じる。
サビでスローテンポになり体が脱力するような心地良さをおぼえた。中盤でバンドサウンドが太くなるところもドラマチックで印象的だ。
07.月明かり
個人的にこのアルバムの中で一番好みの曲。先行してアルバム情報が発表され曲名を初めて見た時から、そうなる予感がしていた。
私はアルバム『燦々』収録の『車窓より』という曲が大好きだ。
この曲は何か不思議な引力で私を惹きつけて離さない。イントロを聴くとすぐその世界に入り込む。
歌詞のみならず、音楽・音作りの面でとても好みで特別に想っている曲だ。
『月明かり』のイントロを初めて聴いた時、『車窓より』を初めて聴いた時と同じ現象が起きた。
きっと大切な曲になるだろうと瞬時に分かった。
乾燥しざらついたノイズから始まるこの曲は、『車窓より』が『燦々』の中で放っていた雰囲気と近い、他の曲と異質な世界観を見せる。
トレモロがかったギターの音色は私の心をゆらゆらと揺さぶり涙を誘う。月夜、水面に反射し揺らぐ月の光のようだ。
涙が出た。
このように思う日が確かにあって、「みんな頑張っているのに」とそんな自分を愛せないでいた。
けれどこんな日があってもいいのだと許された気がした。
彼女の曲に英字が出てくる点もこれまでとは異質な顔を見せる。
調べると、「psykhē」はギリシャ語で「精神」を意味するらしい。
このギリシャ語の発音がこの曲のアクセントになっていてとても良い。
悲しかった夜のことを思い出した。
もがいてもがいて溺れそうで、誰かに無理矢理救われないと自分ではどうにもできないような。
胸が苦しくなる。
「弓を引く」には「反抗する、背く」という意味があるそうだ。
忘れられない、忘れたくない夜のことを歌っている曲だと感じた。
そして「許されてる」という言葉はなぜこれほどまでに私を包んでくれるのだろう。
中盤でいろんな音が交差する部分は、心が月夜のワルツを踊るよう。
ただ楽しいだけのワルツではなく、ジリジリとしたノイズがその夜の心の様を表しているように私は捉えた。
アウトロのビリビリしたノイズと、ぽわーんとした高音(ヴィブラフォンだろうか?)の重なりも琴線に触れる。
08.こんな日に限って
この曲も曲名を見た時から好きになる予感がしていて、その予感は的中した。
この現象がとてもよく分かった。私にとっては、何気ない町の風景がそうだろうか。
詩人のような素晴らしい比喩表現にうっとりしつつ、胸を締め付けられた。
悲しみを消したいのにその為には何らかのリスクを負わなければならなく、生きているとその無限ループにはまってしまう現実。時に苦しく思う。
たまらなくなり涙が出た。
生きる刹那と戦いながら、生きているうちにみれること、きけること、嗅げること、食べること、触れること、たくさんたくさん重ねていきたい。
慌ただしい日々に追われてつい忘れてしまうようなことをいつも気づかせてくれて本当にありがとう。
終盤「青白い〜」の部分のサウンドが夢見心地で、天国のような幻想的風景を見せる面も好きだ。思わずまぶたが閉じる。
小鳥や蝶々が楽しく飛び回って戯れているような、ピヨピヨした音が可愛い。
最後のサビで、前半と同じ歌詞の音程が高く転調しているのでつられて更に気持ちが高鳴る。
09.タオルケットは穏やかな
タイトルトラックにもなっているこの曲。アルバムの中でも重要な役割ではと予想していたので聴けるのを楽しみに待っていた。
ものを大事にするひとのことを好きだし、私もそうでありたいと常日頃心がけているが、
ものを大事にするのが大変になる現象についてもよく分かる。子どもの頃を思い出した。
新品の授業ノートも最初は心機一転丁寧に書き始めるのに終盤は雑な文字になってしまったり、慎重に歩くことを心がけていた新品の靴に汚れがついたその時から綺麗に履くことを諦めてしまったり。
そんな心情の変化をもどかしく、寂しく思っていたからこの歌詞がより響いた。
『やさしいギター』で「優しさばかりが愛か 分からずにいたい」と出てきたように、彼女は分からないままでいいと歌う。
分かろうと頑張りすぎなくてもいいね。
普段の自分と重なる歌詞にも惹かれた。
考え抜いた末に、人それぞれ経験や考えがあって当たり前だよね、と思う。
サビ頭の歌詞同様にとても包容力のある歌詞だと感じた。
彼女がこう言ってくれると、全部大丈夫になりそうな気がしてくる。力強く伸びやかな歌唱も更にそれを加速させる。
サビ前のi母音から伸びやかにサビの「い」に繋がる構造もとても好き。
そして「怖い夢」「鈴の音」といった他の曲でも出てくるワードがこの曲にも出てくるので
タイトルトラックということも頷ける、アルバムのテーマを凝縮させたようにも感じる曲だ。
イントロ出だしのギュイーンと歪んだギターがAメロ前(40秒間程)鳴り続けているところもとってもとっても好き。そこで既に涙が出た。
林さんのギターは本当に印象的で、カネコアヤノバンドサウンドの核のような存在だと思っている。
10.もしも
ポコポコ、トテトテと楽器隊の愉快なイントロから始まるこの曲がアルバムの最後の曲となる。
前作『よすが』では弾き語りで少しシリアスに歌う『追憶』で締め括ったが、今回はゆったりとした流れを感じさせるテンポのこの曲で幕を閉じられる。
『追憶』よりも希望が見える歌詞で締めている点は、彼女の新境地ともとれるだろうか。
ゆっくり聴かせる曲という点ではこれまでと共通しているようにも思える。
彼女のゆったりとした歌唱が新鮮で癒される。
自分の悩みなんかちっぽけだと、世界の広大さを感じさせる。
上の歌詞はandymori『クラブナイト』の歌詞とも通ずる感覚がした。
そして『爛漫』で歌った歌詞も同様に。
現実に揉まれて足が動かなくなる時があるが、
歩みを進めることこそ現状を打破する近道だよと彼女は教えてくれる。
今後人生に行き詰まった時、これらの歌詞に何度も救われるだろう。
今度は「変わること・変わらずにいること」について歌われる。
あれ?どこかで聴いたような…
一曲目『わたしたちへ』で歌われたテーマと共通していた。
アルバム最初の曲と最後の曲を同じテーマで挟んでいて、作品全体としてのまとまりも感じた。
終盤のこの歌詞にははっとさせられた。
疑問符を投げかけられたり、「お前」という言葉は、こちらに思考を巡らせる隙を与える。
そして、男性の飄々としたコーラスが加わり男女の声が交わる様は彼女の音楽ルーツをも感じさせるようでありながら新鮮味も感じる。
後半のコーラスはずっとループして聴いていられる心地よさがある。
さいごに
『タオルケットは穏やかな』。
カネコアヤノサウンドの新境地そして今後の方向性や希望を見せつつも、彼女の言葉の美しさと優しさが健在する歌詞がたくさん散りばめられた作品だった。
またお守りが増えてしまった。
『わたしたちへ』の項目でMVの見処を語ったが、私は自分の心の宝箱にカネコアヤノさんの歌詞をたくさんつめては、人生で迷子になる度に蓋をあけて救われたいと思う。
彼女は何でもない日常を輝かせ愛おしく思うこと、優しさや愛について向き合い考え、悩んで葛藤して時には答えを出し歩みを進めること、好きなものは好き 嫌いなものは嫌いという素直な心を忘れないこと、自分を大切にすることなどを歌う。
その姿勢、生き様はいつも眩しく、私の手を引く。
カネコアヤノさんの音楽に出逢えて本当に良かった。このアルバムを聴いて猛烈に生きたい気持ちになった。彼女の曲にはそんなパワーがある。
バンドサウンドが印象的な今作、LP買って本当に良かった。
そして、「ひとりでに」(弾き語り盤)がもし出たら寝る時に聴きたいな。どういったアレンジになるか、ジャケットはモノクロなのか、それも楽しみだ。
今年1月16日に突如配信リリースされた弾き語りライブ音源も凄く良かった。彼女の弾き語りライブは何にも変え難い特別感がある。
合奏形態のライブも当選したら行く予定なのでとても楽しみ。生バンドを聴くのは初めてだ。
このアルバムが希望の光を見せてくれたように、色んな楽しみやお守りを「たくさん抱えていたい」。
そしてこのnoteを投稿する本日はカネコアヤノさんのお誕生日。私のエゴだけれど、こんなおめでたい日に愛を綴れたことを嬉しく思う。
何度も言っているけれど、カネコアヤノさんは私にとって「光」。私の人生に光を差してくれて、歌ってくれて、届けてくれて、本当にありがとうございます。
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