ホルモンのゆうべ

地下鉄・駒川中野駅から近鉄・針中野駅をつなぐようにできている駒川商店街のちょうど真ん中あたりにそのお店はある。

ここはもともとホルモン量り売りの精肉屋さんだが、お惣菜としてホルモン炒めも売り出している。
店頭の大きな鉄板の上で大将が二つのへらを使って器用にホルモンを炒めている光景に惹かれて注文をすると、だいたい申し訳なさそうな気のいい笑顔で「すみません、まだ焼き始めたばかりで、出来上がるまで三十分ほどかかるんです」と言われる。30分かぁ、と思う。
鉄板の上のホルモンはすでにいいあめ色になっていて内心
「え、もういいですよ。これで十分ですよ。いまください!」
そう思うのだが、そう言ってしまうのはいかにも意地汚いし大将のプロフェッショナルな魂を踏みにじるようで申し訳ないし、かといっていかにもおいしそうな、鉄板のうえのてりてりと輝くホルモンを見てしまうと買わずに退散するのは絶対に不可能であるから、すなおに、あ、じゃあ30分後にまた来ます。といって時間をつぶすことになる。

商店街の中をぶらぶらと南下しながら30分どないしよ、座りたい、となったときに小道の脇に肉まん屋「龍福」が見えてくる。
ここは地元では有名な肉まん屋さんで自転車に乗った地元民たちがひっきりなしに訪れては肉まんや野菜まん、しゅうまいなどを持ち帰ってゆく。
店の脇には簡素なつくりのつくえと椅子が置いてあり、買ったものをすぐに食べることができて、ある日は家族連れが、ある日はそう若くないカップルが、持参したペットボトルの茶など飲みながらしみじみと肉まんをほおばっていたりして、しみじみと大阪の下町のいい雰囲気がたゆたっている。
つられて私も30分、肉まんでも食べながら座って休憩することにする。
ここの肉まんのいいところはとにかく大きいところだ。160円ととんでもなくお手頃なのにコンビニの肉まんの4回りほど大きい。

私は肉まんの大きさに敏感で、東京から大阪に帰ってきて、待望のあの大阪人ならだれでも知ってる肉まんをいそいそと買ってさあ食べようとしたとき、記憶していた大きさより大幅にしぼんでいるような気がして絶叫しそうになったことがある(でも美味しいから今でもたまに買ってしまうのですが)。

それに比べてこちらの肉まんは赤ちゃんのおしりくらい大きいから、それだけで嬉しい。つるつるとした、まだ湯気の出る蒸し上がったばかりのその幸せなかたまりにかぶりつくと中の餡は甘めのしっかりした味つけでお肉はジューシーで、いやッもう、毎日食べたい。
隣に座る中年カップルも、「でっかいなぁ」などと言いながらしっかりたいらげてしまっていて可愛らしい。
仲良く肉まん食べてていいなぁ。
でも、のびのび帰り時間を気にせずひとりで肉まん食べるのもこのうえなく贅沢だわ、なんて考えながらもくもくと肉まんを食べているとぼちぼち30分経つころ。

ホルモン屋さんに戻ると、焼きあがったようで既に先客が2組並んでる。すぐに3番目に並ぶ。5分もしないうちに、どこからやって来たんかあっという間に後ろに人の列・列・列である。
食いしんぼうばっかりかいな、と思うと同時に、私もこの人たちもみんな今晩ホルモン焼き食べるんや、と思うと奇妙な、親戚のような変な感じである。

「どうもお待たせしてごめんなさい、お姉さん!」と大将はまた気のいい顔で、プラスチックのトレイにちょんちょんときれいに色んな種類のホルモンを選って入れてくれる。
焼き上がりのホルモンはさっき見たときよりたれが全体によく絡んで、より深いこってりとした色になっていて、ああ、待ってよかった…と思うのだった。
熱いままのホルモンを食べることが出来たらどんなにすてきだろう、と思うが、ここのホルモンは持ち帰りにして冷めたホルモンをフライパンで炒りなおしたときに真価を発揮する。
大将がじっくり時間をかけて炒めてくれることによってたれがしっかりと絡んでいるから、時間がたってもじんわり旨いのだ。
家でもどこでも、焼きたてのホルモンの味をおいしく食べられますように、という大将の思いからなる「あと30分」なのかもしれない。
それならば、こんなおいしいホルモンが食べられるならば、私はこれからも30分でも1時間でも待ちますよ、当たり前やん。

それからというもの、わたしはホルモンが食べたくなるたんびに駒川中野へと向かうのでした。

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