橋葉まんほーる

物語を書いています✒ 短編小説集『何でもないふりして生きているけれど』ほか

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  • 何でもないふりして生きているけれど

    連作短編小説『何でもないふりして生きているけれど』 全5話をまとめました。番外編も更新するかも。 *上から読んでね

最近の記事

【ショートストーリー】涼飇

暑さが和らぎ心地よい風が吹き始めると、僕は毎年、彼岸花に囲まれた彼女の笑顔を思い出す。 3年前の仲秋、僕は彼女と彼岸花の名所へ旅に出た。 何万本もの花から成る赤いじゅうたんが、涼飇になびく。その光景に僕が目を奪われている横で、彼女はそのなかに数本だけ紛れている白い彼岸花を見つけては嬉しそうに写真を撮っていた。 その旅から程なくして、彼女は夢を追って海外へと飛び立った。 彼女は僕に待っててねとは言わなかったし、僕も彼女に待ってるねとは言わなかった。 あれから3度目の秋、

    • 【2/2】429番のリップスティック

      ▼前編はこちら    帰路の途中、電車に揺られながら私は決意した。できることからはじめよう。毎朝鏡の前で自分の顔を嘆いているだけの女は、絶対に美しくなんてならない。自分の顔を、そして自分自身を好きになれるように、努力をしよう。あの後輩のように、私も「美人」になりたい。  まずは何からはじめようか。考えて最初に脳裏に浮かんだのは、あの子の綺麗な唇だった。私は自宅の最寄り駅から二つ手前の少し大きな駅で電車を降りた。その駅には直結しているルミネがある。そこに行けば自分に合ったリ

      • 【1/2】429番のリップスティック

         ヘアバンドで髪の毛を固定し、顔を洗う。水滴を拭いながら、鏡に映った顔を見てため息をついた。朝一番に見るのがこんなに冴えない顔なんて、と毎日毎日思う。私は自分の顔が嫌いだ。顔のことで誰かに悪口を言われたり、特別嫌な思いをした経験があるわけではない。ただ、女は25年も生きていれば否が応でも自分の顔に対する客観的価値を認識してしまう。  私はきっと目も当てられないほどのブスではない。けれど確実に美人と言われる顔ではない。文字にしてしまえば何てことのないこの事実が、ふとした時に私の

        • 【5/5】そして、海へと向かう(期間限定公開)

          連作短編『何でもないふりして生きているけれど』最終話です。 1話から順に読むのがおすすめです。 そして、海へと向かうー『何でもないふりして生きているけれど』5/5   意図せずたどり着いてしまった海。夏真っ盛りということもあって人が多く、人込みを避けるように避けるように歩く。久しぶりに現れた怪物が、俺の全身に覆いかぶさってくる。重たい身体を引き連れて、歩く、歩く。  どれほど歩いただろうか。人の少ない砂浜に岩陰を見つけて、そこに腰かけた。朝から何も口に入れていない身体

        【ショートストーリー】涼飇

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        • 何でもないふりして生きているけれど
          5本

        記事

          【4/5】私を閉じこめていたのは

          私を閉じこめていたのはー『何でもないふりして生きているけれど』4/5 「それでは聞いてください」 わざとらしい咳払いを2回挟んで、曲が流れる。スマートフォンの小さな画面の中、やたらと高い声を震わせて歌っているのは、高校の同級生。同じ軽音楽部の別のバンドでボーカルをしていた彼女は、高校卒業後、音楽の専門学校へと進学した。それからほどなくして、彼女はありとあらゆるSNSに自分の歌唱動画をアップするようになった。大学へ向かう電車のなか、彼女がアップした動画を見ては、再生数といいね

          【4/5】私を閉じこめていたのは

          【3/5】彼女の背中

          彼女の背中ー『何でもないふりして生きているけれど』3/5  残りの人生すべての希望を息子に託しているかのような母親に育てられた俺は、空気を読むのが何よりも得意だ。読むことができれば、空気を和らげるのなんて朝飯前。中学のサッカー部でも、高校の軽音楽部でも、大学の時代のアルバイト先でも、今勤めている会社でも、誰に聞いても皆、俺のことを「お調子者のムードメーカー」と言うだろう。  そんな人生を二十五年も送ってきて分かるのは、空気が読めてしまうと壊すのは難しいということだ。相手が

          【3/5】彼女の背中

          【2/5】誰かを好きになれたら

          誰かを、好きになれたらー『何でもないふりして生きているけれど』2/5 「ありがとうございました!」 下北沢のこじんまりとした四階建ての雑居ビル。その三階にある小さな舞台で、彼が真剣な顔で頭を下げる。この顔を見たのは四度目だ。  一度目は六年前、私が大学三年生、彼が大学一年生の時だ。アルバイト先の居酒屋に新人バイトとして入ってきた彼は、初々しくて無邪気な男の子だった。初めのうちは慣れない新生活にてんやわんやしていたようだけれど、周りの空気を読むのが得意で、器量と人当たりの

          【2/5】誰かを好きになれたら

          【1/5】夢の向こう

          夢の向こうー『何でもないふりして生きているけれど』1/5  社会人になり、夢の向こう側は平面ではなく立体的なものだと知った。 二十二歳の春、「テレビを作る人になる」という子どもの頃からの夢を叶えた。正確に言うと一番なりたいものはプロ野球選手だったけれど、それが選ばれた一握りの人しかなれない職業だと悟ってからは、一番なりたいものは「テレビを作る人」に変わった。  夢を叶え、制作会社の門をくぐった入社式当日。鍛えぬいた身体で袖を通したスーツは、胸のあたりがパンパンに膨らんで

          【1/5】夢の向こう