ある聖職者の回想

あれはいつのことだったか。詳しい年月日こそ覚えていないが、老いさらばえた今でも昨日のことのようにはっきりと思い返すことができる。

私が聖職者として人生を歩み始めて間もない若き日。当時のこの国は大変な動乱の最中で、また近隣諸国との対外関係も芳しくなく、まさに内憂外患といった様相を呈していた。市井の人々の心には陰鬱とした感情が常に渦巻き、そのためか、悪魔に憑かれたとか、そういった所謂悪魔騒ぎが頻発していた。そんなある日、私の元にいつものように悪魔が出たとの報告が届いた。またか、と内心思いながらも、私は悪魔祓いとして現場に急行した。そこに、アイツはいたのである。

常日頃退治してきたような悪魔連中とは少し違った、なんとも名状し難い小動物のようなモノ。羽の生えたコアラ、とでも言ったらよいだろうか。そんな風貌のちんちくりんな生き物が、小娘のような声でギャーギャーと騒いでいた。私はそれを見てたかを括り、こんな低級悪魔とっとと滅してしまって教会に帰ろうと儀式を始めた。この慢心のおかげで、私は長年に渡って苦労するハメになったのである。

結論から言えば、私はこの悪魔に大敗を喫した。見た目こそ多少奇抜なコアラに過ぎないが、その力は間違いなく大悪魔の位に肩を並べる程のものであり、真名を吐かせるどころか、何の抵抗も出来ぬまま、死を覚悟するまでに追い詰められてしまった。殺される、そう確信したが、ボロボロの私の前にふよふよと寄ってきた悪魔は、とどめを刺すでもなく、
「おまえ、おもちろ!きにいった。いいおもちゃ、手に入れたぞ〜…」
と言い放ち、消えてしまった。それで済めばよかったのだが、この日からアイツは事あるごとに私の前に現れては、耳元で神の教えに逆らう戯論を囁く、欲望に従うよう促すといった具合で、私の邪魔をするようになった。

それから何十年もの時が過ぎ、私はこの国でも指折りの大司教になっていた。逐一現れるアイツの言葉と立ち向かい、最初の敗北以降絶対に屈しなかったことで、私は道を踏み外すことなく生き、気がつけばこうなっていた。
「悪魔憑きの聖職者、か。」
一人ぼそりと呟くと、苦笑が込み上がってくる。まあ今更人に告げたところで、信じる者など誰もいないだろう。なんと数奇な運命だろうか。若き日に一度膝を突かされて以来、こうして死期が近づいてきた今でもアイツに付き纏われ、皮肉にもそのおかげでここまで上り詰めたのだ。

いつか、私はこんなことを考えた。あの日から悪魔の言葉に耳を貸すことなく神の名の下に生きてきた。なのに私の前に神は現れてはくれない。来るのはあの憎たらしい悪魔のみ。私は神に見放されたのか。神は私をお救いにならないのか、と。

今にして思えば、くだらない思惟だ。神は、見ようとする者の前には必ずその御姿を現す。ひとたび思いが通ずれば、どこにでも神の御姿を見ることができるのだ。どこにでも、だ。

私は今やあなたをどこにいても感じることができる。道を正し、導いてくれるその偉大な背中を見ることができる。ああ、そうだ。悪魔よ。どうやら今回は私の勝ちのようだ。今の私は、お前の中にでさえ…

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せいしょくしゃ〜?
きしし、きょうもお前のじゃまをしにきてやったぞ〜!せいぜいあらがってみるがよい〜!
せいしょくしゃ?…ねてるのか??


…ちぇ、つまんねーの。

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